学長が聞く、学長に聞く―第18回―「気づく力」と「つなげる力」を伸ばす!~大学の学びで大切なこと(後編)
細川 昌彦教授(経営学部 経営学科)×落合 一泰(学長)
前編では、経営学部の細川先生がどのような想いで教壇に立っているのか、またこれからの時代を読み解き、生き抜くためには何が必要なのかをうかがいました。続く後編では、気づきを形にしていくために細川先生が大事にしていることや、ご自身を動かす原動力などを中心に語っていただきました。未来の予測が困難な時代にあっても、ブレない確かな芯を持ちたい。そう思えてくる内容です。
立場を越えた熱い想いが、新しい価値創造につながる。
落合学長 細川先生は、通商産業省・経済産業省時代から、通商問題や経済安全保障をめぐって国際的な舞台で交渉に当たってきました。その一方で、国内では中京圏で「グレーター・ナゴヤ・イニシアティブ」を提唱されるな
ど、地域経済にも精通しています。そうした経験をお持ちの細川先生からみて、多摩に生まれた明星大学がこれからも多摩地域と共に発展していくために必要なことは何だと思いますか?
細川教授 立場が違う者同士で、いかに熱い想いを共有できるか。これが重要だと思います。私が通商産業省時代に企画した東京国際映画祭の1985年の立ち上げの時もそうでした。当時はアジアには、国際映画祭がありませんでした。ならばカンヌやベルリン、ベネチアのような映画祭を真似るのではなく、日本独自のものにしたいと考えたんです。そんなとき、想いを共にして一緒に汗を流してくれた映画産業の方たちがいました。犬猿の仲と言われる映画人たちを説得したりもしました。さまざまな交渉を続けていく過程で何度も頓挫しそうになりましたが、役所と民間の垣根を越えて熱い想いを共有できる戦友がいたことで、何とか形にすることができました。「大学はこういうところだ」「民間はここまでしかできない」「役所は規制する側だ」のような固定観念を持つのは、物事をつくり上げていく時には最悪の考え方です。「多摩地域をこういう場所にしたい」という想いを持つ人々が、大学にも信用金庫にも、企業や役所にもいる。少人数でいいんです。物事を動かすコアの人々は、いつの時代も多数派にはなりません。それが次第に多くの人をその気にさせて巻き込んでいく。ここが大事なポイントです。
落合学長 2004年に実現した「グレーター・ナゴヤ・イニシアティブ」を提唱された時も、そうだったのですか?
細川教授 当時は、愛知、岐阜、三重の3県がバラバラで、それぞれで外国の企業を誘致しようとしていました。しかし、海外から見たら、木曽川の向こうかこっちかなんて関係ない。トヨタの近くに進出するかどうかが大事なのであって、何県かなんてどうでもいい。バラバラにやっていてはダメだということで、名古屋を中心として同心円状に半径100kmでつながっている3県の地域を「グレーター・ナゴヤ(大名古屋経済圏)」と称して世界に打って出ました。この私のアイデアに賛同してくれた当時の岐阜県知事や、名古屋経済界が一緒になって機運を盛り上げてくれました。私が経済産業省を辞めた後も、豊田市役所や名古屋市役所の中堅職員が横のネットワークでつながって、この構想に魂を入れてくれました。
このように多摩地域も行政区画で線引きする必要はなく、目的に応じてフレキシブルに集まって柔軟に仕掛けを考えればいいと思います。大学もそうした運動の一員です。大学の立場にこだわるのではなく、地域の皆さんと想いを共有して参画しようという熱意を持った先生や学生がいることが大事。もちろん、そこから先のプロセスは山あり谷ありで、一朝一夕にはいきません。しかし、その中にこそドラマがあって、一生懸命トライしていくプロセス自体が地域にとって大切な財産になっていくのだと思います。
ムーブメントと組織化、大事なのはどちら?
落合学長 いまのお話から、熱い想いをもってムーブメントを起こす重要性を強く感じました。熱量を持った運動体として、一人ひとりが他の人々を巻き込んでいく。しかしその一方で、組織化しないとうまくいかないこともあると思います。そのバランスについて、細川先生はどうお考えですか?
細川教授 これは、難しい問題ですね。このような取り組みの多くは、人に依存する部分が大きくて、その人がいなくなると火が消えて、形骸化したものだけが残ってしまう。私も以前は委員会を立ち上げて組織化を志向しましたが、代を重ねるたびに熱意が薄れていってしまう。この経験から、形にこだわると本質が見失われてしまうことを学びました。組織を保つことより、ムーブメントを続けること自体に価値があるのだ、と。例えば、グレーター・ナゴヤという名前で残らなくてもいいんです。そうしたことを仕掛けていくことに醍醐味や、やりがいを感じた人が別のプロジェクトを立ち上げてくれたらいい。そういうふうに考えるようになりました。
落合学長 明星大学は、少子化の時代にあっても受験生に選ばれる大学であり続けたい。それが教職員共通の熱い想いです。それを実現するために、教育内容の充実と個性化を目指す教育イノベーション「明星大学教育新構想」というムーブメントを起こそうと私は考えました。いまその設計が終わり、具体的に組織や規程に落とし込んで2023年4月から実行に移していく段階にきています。このムーブメントを日常業務に定着させ、しかも運動エネルギーをいかに持続向上させていくか。そこがポイントです。
そのさい、私はムーブメントと組織化を相反するものとみなさず、両立させたいと思ってきました。ムーブメントも組織も、人が動かすものです。人こそが、ムーブメントと組織のちょうつがいの役目をはたすと思うからです。
「明星大学教育新構想」は学生のためですが、それだけではありません。教職員のいまとこれからにも役立つ取組みにしたい。教職員はさまざまですし、秘めた想いもいろいろです。そうした一人ひとりに、自分の職業生活を充実させてほしい。それが教育イノベーションのもうひとつのねらいです。明星大学が受験生に選ばれる大学であり続けても、一方の当事者である教職員の元気に結びつかないようではダメですからね。教職員一人ひとりが問題意識をもち、当事者として職場を面白くしてほしいですし、自分個人の幸せも形作ってもらいたい。そういう想いと努力が集合すれば、同じ方向をめざす協働意識が生まれる。そうなればいいと思っています。
細川教授 そうなると、まさに一人ひとりの人生観そのものの実践ですね。
落合学長 そう思います。本学の教育目標は「生涯にわたり自律的に学び続け、みなと協働して幸福を生み出していく人の育成」なんです。これを2021年に定めたとき、私はそれを学生教育の目標としてだけでなく、教職員の職業目標、人生観にもしたいと思いました。大学の教育目標に「幸福」という言葉が出てくるのは、あまり例のないことです。でも、私はこの言葉をぜひ入れたいと思いました。各自が幸せを求め、それをみんなが尊重しあうという目標に向かって一人ひとりがトライを重ねていく。そのプロセスそのものに、充実や幸福を感じてもらいたいんです。それが次の仕事につながるエネルギーにもなる。細川先生も、学生の声が教壇に立つ上でのモチベーションになっているとおっしゃっていましたね。先生と学生が互いにつながって両方に幸福感が生まれていく。さまざまな立場の人間が集う大学を、そんな形で人と人がつながっていく場にしたいと思っています。
「つなげる力」が、時代を動かすエネルギーに。
細川教授 たしかに落合学長のおっしゃるとおりで、私がこれまで辿ってきた道を振り返っても、「つなげる力」というのが大きな力になっていると感じます。大学、企業、役所、そしてメディア。産官学の全部に私が関わりを持つ中で感じるのが、日本社会ではそれぞれが分断しているということです。その間をつないでいく役割が、今後より一層大事になってくると思います。企業の経営者をみても、自分の産業については知っているけれど、他の産業についてはほとんど知らない。しかし、これからは全く異なるものをどうつなげていくかが勝負です。金融と何をつないだら面白くなるか?アートと観光を結びつけたらどうなるか?スポーツとくっつけたらどうなるか?そういうことを考えられる人がどれだけいるか。こういったつながりを生む発想は、学問的に教えられるものではなく、その人の人生経験の中で培われるものです。
落合学長 同感です。「つながりを生む発想」を持とうと、私たちもワンキャンパスに理系も文系も融合系もすべて集積している明星大学の利点を活かしたいと思ってきました。学部学科の垣根を越えてクロッシング(分野交差)型の学修を行うという、つなげる楽しさを知る次世代を育成する取り組みです。じつはそれが、「明星大学教育新構想」の中心コンセプトなんです。
細川教授 素晴らしい取り組みだと思います。産業界も、同じ業界の中だけでやっていては、もはや世界の競争に勝てなくなっています。そうした事実を、学生も先生も知らないといけない。私自身も法学部出身で、経済は入省するまで知らなかった。まして国際政治なんて、学校で学んでいません。大学を卒業してからも学び続けることが大事なんです。ちなみにニューヨークに勤務していた時は、夜間に大学に通って美術史を学んでいました。こうしたことも、先ほどお話しした「つなげる力」に通じるんです。例えば美術館をお役所仕事で夕方5時に閉めるのではなく、夜のデートスポットにしてしまおう!という発想も、そうした経験の蓄積があって初めて生まれました。
落合学長 それはすごい!「一専多能」というのでしょうか、ひとつの専門的な知識を持ちながら、さまざまなことに力を発揮する。そんな「つなげる力」を持つ学生を育てたい。本学では、2023年4月に全学共通科目のひとつとして、生命科学のような科学の最先端を倫理的、法的、社会的な観点からも考える「ELSI*」の授業を始めます。どんなテーマであっても、いろいろな角度から読み解く力が必要になっている時代です。そんな時代であるからこそ、細川先生は物事の成り立ちを解き明かし、気づきを与え、つなげる力の重要性を伝え、課題にいかに当事者意識を持って向き合うべきかを私たちに教えてくださっているのだと思っています。
細川教授 いえいえ、とんでもない。私こそ本学の皆さんはもちろん、これまでお世話になってきた人たちから、多くの気づきを与えてもらってきたんです。まだまだ道半ばですけど、さまざまな気づきをきっかけに問題意識を持つことが、自分自身の成長につながっていると感じます。私の活動が、学生や先生たちの気づきにつながっているとしたら、こんなに嬉しいことはありません。
落合学長 ところで、いつも精力的に活動されている細川先生ですが、先生を突き動かしているそのエネルギーはどこからきているのですか?
細川教授 好奇心ですね。仕事でも、遊びでも、常に貪欲にやる。興味を持ったいろいろなことにつながりを見つけると喜びを感じます。例えば心理学で深層心理を勉強していると、先ほどお話ししたアートの世界ともつながってきたりします。中国の気功法やインドのヨガにも興味があって実践しているのですが、その呼吸法が別の趣味でやっているスポーツのパフォーマンスにもつながってきます。まったく違う世界でやっていたものが、はたとつながる。それに気づいた時の喜びは格別なものがあります。もしかしたら、このつながりに気づいているのは世界中で自分だけなんじゃないかとか、心の中でほくそ笑んだり(笑)。毎日がそうしたことの繰り返しです。
落合学長 この対談シリーズでたびたび登場するキーワードは「好奇心」です。細川先生からも好奇心の大切さを指摘していただき、ほんとうに嬉しく思います。自分で好奇心を制限するようなことがあってはいけません。好奇心はコスパ(費用対効果)やタイパ(時間対効果)では測れない人間の心の動きです。好奇心をもっていろいろなことに手を出していると、遠く離れていたテーマが関係していることに気づかされたりもします。
私の場合、好奇心であちこちに手を出している自分は、たとえて言うなら、別々の動きをする5本の指のようなものです。手を動かしているのは私ですから、5本の指の根っこに私という意識があるのは確かです。でも、好奇心はあまり束縛なく自由に動き回ります。そんな別々の動きをしていた好奇心の指と指の間に、いつしか細い糸がかかるようになる。その糸はだんだん目に見えるくらい太くなり、指と指とを橋渡ししてくれるようになる。こうして別々に動いていた好奇心が自分のなかでつながってくる。私はそんな感覚が好きで、自分の好奇心を野放しにしてきました。あまり育たずに途中で消えてしまうものも少なくないのですが。
今日は、細川先生が、ご経験に基づいて「気づき」と「つながり」のお話をたくさんしてくださいました。ほんとうにありがとうございました。先生の行動力の源が「好奇心」という生きていく力にあることが分かったように思います。読み手の皆さんにも大きな刺激になったことでしょう。細川先生、これからもたくさんの気づきのきっかけを私たちに与えてください。
細川教授 こちらこそ、ありがとうございました。今後ともよろしくお願いいたします!