学長が聞く、学長に聞く―第18回―「気づく力」と「つなげる力」を伸ばす!~大学の学びで大切なこと(前編)
細川 昌彦教授(経営学部 経営学科)×落合 一泰(学長)
経営学部の細川先生は、国際的な経済安全保障、グローバル時代の地域のあり方、企業と政府のあるべき関係など、世界の今と日本の今をさまざまな切り口で鋭く解き明かす、いま引っ張りだこの論客です。テレビや新聞・雑誌をはじめ多くのメディアからコメントや執筆を求められ、企業からは講演やアドバイスの依頼の絶えない細川先生。その先生は明星大学経営学部で何を教えているのでしょうか?先生が授業で強調するのは、世の中の動きの読み解き方、そして得た情報を自分の学びに活かしていく方法です。それは学部の枠を越えて役立つ実践的な学びにほかなりません。今回の対談では、これからの時代を生きる学生一人ひとりに身につけてほしい力について、細川先生自身の経験もまじえてうかがいました。
小さな「気づき」が、大きな成長につながる。
落合学長 今回は、経営学部の細川先生にお越しいただきました。お忙しい中、ありがとうございます。
細川教授 こちらこそ、貴重な機会をいただきありがとうございます。
落合学長 細川先生は、東京大学法学部を卒業して通商産業省(現・経済産業省)へ入省されました。そして、東京国際映画祭の立ち上げや、名古屋を中心とする半径100kmの地域をひとつの経済圏として世界にアピールする「グレーター・ナゴヤ・イニシアティブ」の提唱など、分野の垣根を越えて幅広く活躍してきました。世界の潮流を大きく俯瞰し、読み解いてきた細川先生は、現在は本学の経営学部で教鞭をとるかたわら、グローバル企業の役員・顧問も務め、講演やテレビ出演等を通して私たちに国内外の情勢とその分析を明快かつ分かりやすく解説してくださいます。その細川先生に、高校生や大学生は社会をどのように見て理解したらいいのか、それを次の行動に活かしていくにはどんな工夫がいるのかなどを、うかがいたいと思います。
いま私たちをとりまく社会課題は単純ではありません。世代間格差にしても少子・高齢化にしても、グリーン変革(GX)やデジタル変革(DX)にしても、いろいろな分野にまたがり複雑です。特定の専門分野で分析するだけでは問題解決に結びつきません。分野を超えて対話し、さまざまな角度から総合的な解決策を探し出していく必要があります。多様な知識や技能、視野や経験を持つ人が集まらなければ、解決の糸口を見出すことさえ難しい。高校生や大学生が生きていくこれからの時代、この傾向はさらに強まることでしょう。それだけに、ロボットやAIの力を人間がいかに利用するかが大切になります。
若い皆さんには、大学で専門的な力とともに、社会で起きていることをさまざまな角度から複合的に読み解く力を身についてほしいと、私は考えてきました。細川先生の言論活動を拝見していますと、まさにそれを実践されている。国際問題などについて専門的に課題を掘り起こしつつ、その課題をさまざまな分野と関係づけて広い視野のなかで論じている。そういう細川先生は、次の社会の主役になる若い学生たちに、何を伝えたいと考えて授業をなさっているのでしょうか?
細川教授 私がどのような思いで教壇に立っているかと申しますと、その原点は大学時代にまで遡ります。私の大学時代の授業といえば、大教室で先生が講義ノートを見ながら話すことを、ひたすらノートにとって学ぶというものでした。それ自体に意味がないとは言いませんが、もっと違った機会があれば、早く気づけたこともあっただろうなと思います。なぜそう思うようになったかというと、通商産業省に入った後にアメリカの大学で学ぶ機会があり、そこで先生が教室を歩き回りながら学生一人ひとりと語り合う講義に出会ったからです。伝えたいポイントを押さえながら、ジャズの即興演奏みたいな形で行われる自由な講義に衝撃を受けました。そして、物事にはいろいろな見方があるということにも気づかされました。教えられたというより、気づかされたという感覚です。そうした経験から、本学の学生にも世の中の問題に自分で気づいてもらいたい。そのきっかけをつくってあげたいと思っているんです。
落合学長 覚えるだけでなく、みずから気づいて問題意識を持つ。これは、これからの時代に欠かせない姿勢ですよね。
細川教授 社会はどんどん変化していますからね。昔は決められたルールの中でいかに効率を上げるかを考えればよくて、ある程度は予測可能な部分が多かった。しかし、今はそうはいかなくなっています。そんな中で必要になってくるのは、いろいろな物事の見方ができて、まわりとコミュニケーションがとれる、変化に柔軟に対応できる人です。学生のみなさんには、その一人ひとりになってもらいたい。それが日本社会のためになり、さらに世界のためにもなると思うからです。そのきっかけづくりをする機会を、明星大学に与えていただいた。私がメディアを通じて発信するのも、企業のお手伝いをするのも、100人に1人でもいいので、何か気づきを得て、そこから少しでも世の中を変えていってくれたらという思いがあるからです。
「世の中の問題に当事者意識をもって関心を向ける」。
落合学長 100人に1人どころか、ずっと大勢の学生が細川先生から影響を受けていると思いますよ。学生たちの反応はいかがですか?
細川教授 全15回の講義を重ねるうちに、学生たちが変化していくのを肌でひしひしと感じています。私の講義は、要点だけまとめたスライドを投影しつつ、教室中を歩き回りながら質問を投げかけるスタイルです。みんなそうした授業自体が未経験ですから、はじめのうちは黙り込んでしまう学生もいます。また、私が会話の中で気がついたポイントだけを黒板に書き出していくので、先生が書いたことを丸写しすればいいと思っている学生は確実に戸惑います。黒板に書くことだけではなく、私が話しているキーワードやポイントも書き留めるようにと伝え、それをベースに授業の後半でレポートを書いてもらいます。
落合学長 なんとなく聞いているだけでは、ちゃんとしたレポートは書けませんものね。
細川教授 そうなんです。なので、1回目のレポートは見るも無残です。しかし、レポートを書く上での要点のまとめ方や新聞の読み方、ディベートの仕方など、社会人に必要なイロハを教えていくと少しずつ変化していきます。最後の15回目の講義を迎える頃のレポートの中身は劇的に違っています。最後にもらう感想も「こんな授業、初めて受けた」とか「はじめて社会で起きていることに関心を持った」とか「卒業間際でなく、もっと早く受けたかった」とか、確実に気づきを得た前向きな反応になっています。まさにこの声こそが、私が明星大学で教壇に立つ最大のモチベーションになっています。
落合学長 それは教師冥利に尽きますね。授業を行う上で、他に心がけていることはありますか?
細川教授 学生たちが身近なところで問題意識を感じ、自分から知識をもっと得たくなるようにと工夫しています。例えば、毎日のように行くコンビニのビジネスモデルの進化をテーマにしたり、スマートフォンの部品を例に、この小さな端末の中に東アジアが詰まっているんだという話をして、世界に目を向けさせたりしています。農業も今はIT化が進んでいて、「今まさにこの話を聞いている君が衰退する農業を変えられるかもしれない!」なんてことを言いながら、なるべく当事者意識を持てるようにしています。この「世の中の問題に当事者意識をもって関心を向ける」というのは、私自身のテーマでもあります。
落合学長 教員は、いかに学生の想像力をかきたてるか。そして学生は、受けた刺激をいかに自分の経験と結びつけて考えを広げていくか。お話をうかがっていて、このやり取りのプロセスこそが教育では大切なんだと、改めて思いました。気づきと経験を往復させながら当事者意識をはっきりさせていくこのプロセスが身につけば、社会のどんな場面でも役立ちますね。課題に気づき、自分は当事者としてそれにどう関係すべきなのかを考える。これまでさまざまなことに果敢に挑戦してきた細川先生だからこそ、その重要性を語ることができる。細川先生の熱のこもった授業を聞き、先生と質疑応答を交わして自分の視野を広げていく学生たちは幸せだと思います。
後編へ続きます。