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学長が聞く、学長に聞く―第16回―「つないで理解する力」を身につけよう!生まれ変わる明星大学の「全学共通科目」(前編)

上田 耕造 教授(教育学部 教育学科 全学共通科目担当)×落合 一泰(学長)

経済安全保障、地政学、AI自動運転の事故責任…。21世紀世界は複雑な現象に満ちています。これらは理工系だけ、人文社会系だけでは解決できない課題です。どうアプローチしたらよいのでしょうか?
明星大学は、9学部12学科そして新設のデータサイエンス学環の全学生が履修できる「全学共通科目」を、2023年度にリニューアルします。それは、私たちを取り巻くこうした複雑な問題に挑むためです。ひとつの課題に複数の学問からアプローチする「クロッシング科目」(分野交差型科目)の新設。学問全体を俯瞰した上で専門分野と現代社会の結びつきを考える授業。明星大学は、こうした教育手法で、21世紀世界に特有の複雑な課題の理解と解決方法を学生とともに考えます。
この新たな学びは明星大学教育に対する学生の満足度を上げ、社会の求めにも応えようと設計されました。今回は、この「全学共通科目」改革の中心メンバーである上田先生に、リニューアルの狙いなどをうかがいました。

中近世フランス史から全学共通科目の改編まで、マルチに担当

落合学長 大学受験が近づいている高校生や保護者のみなさんにとって「この大学ではどんな授業が行われている?」は、とても気になるポイントでしょう。明星大学は、社会に出て役に立つ実学的な勉学をとくに重視しています。
では、社会は大学卒業生に対して何を求めているのでしょうか?
それは、第一に、大学で専攻した領域に関する、タテに深い専門的な知識や技術や能力です。でも、誰でも社会に出たら自分とは違う専門の人たちと一緒に仕事をすることになります。「異業種交流」があたりまえになります。ですから、第二に、自分の専門以外の分野の人とも協働できる力を身に付けていますか?いろいろな分野を横断する、いわばヨコに拡げていく考え方を鍛えていますか?そうした広い視野のなかで自分の専攻分野を位置づけられますか?などと就職活動で企業から尋ねられるかもしれません。そして第三に、自分の幅を広げるために、語学やICTなどのスキルを高めましたか?卒業後もそれを磨いて一生使える道具にしようと思っていますか?とも聞かれることでしょう。

大学新入生には、卒業までの4年の間に、このような多角的な力を身につけてほしい、それを備えた人が社会に求められる人財なのですから。そこで明星大学は、教育カリキュラム(正式には「学位プログラム」と言います)の質の向上を常に図っています。
実はどの大学でも難しいのは第二の部分、すなわち協働する力を伸ばすことです。そこで明星大学はこのたび、第一の力を伸ばすためにも必要な、横断的な知識や考え方を豊かにする第二の部分の改革に着手しました。今日は、そのリニューアルで中心的な役割を担ってきた上田先生に、何をどう変えて学生の満足度向上を図ったのか、説明していただこうと思います。
 
上田先生は、中近世フランス史を専門に研究し、フランスのパリ第一大学(パンテオン・ソルボンヌ)の大学院にも留学され、数多くの著書や論文をフランス語でも発表されている気鋭の学者です。その一方で、中学高校の地理歴史の教員免許状もお持ちです。その意味では、この対談を読んでくれている高校生にとり、身近にいる先生のような方でもあります。ということで、第二の部分の骨格を成す「全学共通科目」についてお話いただく前に、先生ご自身のことをうかがいたいと思います。上田先生は、なぜ大学教員になろうと思ったのですか?
 
上田教授 小さい時から歴史が好きで、15、6歳の頃から歴史に関する仕事に就きたいと思っていました。関西大学の史学科に進んだ頃には、すでに大学教員になりたいと考えて勉強していました。
 
落合学長 フランスの歴史を意識したのも、その頃ですか?
 
上田教授 はい。大学1年のゼミ発表の時に、高校生の皆さんも知っているあのジャンヌ・ダルクの研究について発表したのがきっかけでした。卒業論文では、ジャンヌが現れたことと深く関係するフランスの国民意識を分析しました。私の結論は、国民意識といっても身分や地域によってひとつではなかったというものでした。大学院での研究テーマは、中世においてフランスという国がどう成立したのか、当時、国王と貴族はどう結びついていたのか、でした。
 
落合学長 そして上田先生は、パリ第一大学への留学を経て研究者としての道を歩み出しました。当初の目標通り大学教員になったいま、ご自分の仕事をどう見ていますか?
 
上田教授 大学教員には2つの使命があると思っています。ひとつは最先端の研究を進めて成果を出していくこと。もうひとつは、研究成果を学生や一般の人たちに分かる言葉で伝えていくことです。専門書を書く一方で、大学の歴史の授業などでも読んでもらえる本も積極的に出版しています。これらの本を通して、少しでも、西洋史や歴史そのものに興味を持つ人の裾野を広げていければと思っています。

上田先生が留学したパリ第一大学(パンテオン・ソルボンヌ)
フランス語を分かりやすく教える上田先生

新しくなった「全学共通科目」とは、どんな授業?

落合学長 素晴らしい志ですね。では、ここからは今回のテーマである「全学共通科目」についてうかがいたいと思います。そもそも、全学共通科目とはどんな授業なのですか?
 
上田教授 大学の授業は、大きく2つに分けられます。まず、各学部学科、学環での専門教育。専門を究めていく「探究型」の授業が中心です。明星大学では「セントラル」の教育と呼ばれています。そして、もうひとつが、いろいろな分野を横断して学ぶ「探索型」の授業です。全学共通科目はこの「探索型」の授業に関わります。では、そんな全学共通科目を学ぶ大切さとは何でしょうか?それは、複雑な現実を分解して部分部分を理解して終わりにせず、部分部分をもう一度組み上げて、全体として把握し理解する力をつけようということなんです。そのために明星大学が重視しているのが、いくつもの専門分野を交差させていく「クロッシング」という学び方です。

明星大学では学生の皆さんに、セントラルとクロッシングの両方から深みと広がりのある学びを進めてもらいたいと思っています。今後、「探索型」=クロッシング型の全学共通科目をさらに充実させていくつもりです。何を学ぶにしても大事なことは、一つひとつの科目が自分の専攻や関心、また社会の要請とどのようにつながっているかを理解し、学びのモチベーションにしていくことです。入学した学部学科の専門性や自分の興味関心に合わせて勉強の幅を広げ、学問と学問がどうつながっているのかを理解する。それが全学共通科目を学ぶ意義なんです。
 
落合学長 これは大切なことをうかがいました。学部学科、学環で学ぶセントラル型の専門的な知識や技能に加えて、全学共通科目ではさまざまな角度から物事を捉えていく。大学では専門力を鍛えればよいと考えてしまいがちです。でも明星大学は総合大学なのですから、学生には視野を専攻の外にまで広げて「つないで理解する力」を全学共通科目を履修して養ってほしい。それが社会人に求められる力でもあるのですから。

明星大学の今年度の全学共通科目のすべてが分かるウェブサイト「つなぐ学び」

上田教授 そうです。2023年度からは、学問と学問がどう結びついているのか、また私たちの社会にある課題はどのように解決できるのかにフォーカスした授業内容にします。ある課題に複数の学問からアプローチする「クロッシング科目」を25科目も置いたのはそのためです。
 
落合学長 ひとつの課題に複数の学問からアプローチするとおっしゃいましたが、実際にはどのように授業が行われるのですか?
 
上田教授 例えば新科目「現代社会と平和(社会学×政治学)」や「ELSI(科学技術研究における倫理的・法的・社会的課題)(生物学×哲学)」。とても大切な、でも複雑なテーマですよね。こうしたクロッシング科目では、異なる学問分野にたずさわる2名から6名の教員が講義をします。
大学では、科目あたり1学期に90分の授業が15回あるんですが、1回目と中間の8回目そして最後の15回目に、担当する教員全員が登壇します。
1回目は、登壇した各先生が、この授業でどのような話をするかの概要を伝えます。イントロというわけですね。2回から7回まで講義を聞いた後、8回目に中間のまとめとして再び教員全員が登壇します。そこでは、これまでの授業内容を振り返りつつ、学生からの質問に答えます。また、前半7回目までの授業から見えてきた課題について壇上で教員同士が違う視点から意見を述べあい、学生も巻き込んでいきます。最後の15回目も同じです。授業内容について学生も交えて最後の議論をし、授業全体をまとめていきます。

ですから、クロッシング科目での授業の進め方は、先生方が順番に授業をしていって終わりという授業形式「輪講」とは大きく異なります。「現代社会と平和」や「ELSI」のようなクロッシング科目には専門が異なる教員が集まりますので、ひとつのテーマをめぐってさまざまな視点からの講義が行われ、意見が交わされることになります。こうした複眼的な視野からものごとを理解するという新しい経験を学生と教員が共有していく、そんな授業を増やしていきたいと思っています。いま社会が求めているのは、そうした複眼思考です。クロッシング科目をどんどん面白くしていきますから、高校生たちも楽しみにしていてください。
 
落合学長 専門の異なる先生方が、ひとつのテーマについて異なる見解を示し、そこに更に学生も加わって、ものごとの見方を立体的に深めていくわけですね。先生方が調和的になってもいいのですが、違う見方が出て議論が白熱すると、学生の複眼経験も深まりますね。
 
上田教授 何を専攻するにしても学生には、自分が選んだ分野が学問全体のなかで持つ特長とは何かをまず把握してほしい。そうすれば、その学問が現代社会でどう役立つのかも分かってきます。
 
落合学長 また大切なことを伺いました。クロッシング科目は現代社会でいま起きていることを意識した内容になっている。そして学生は、自分の専攻での勉強が他分野とどのように連関しているのかを意識できるようになっている、と。先生方は自分の得意分野に閉じこもっていられませんから、たいへんですね。
 
上田教授 クロッシング科目を設定する上で、一番頭を悩ませたのが、どの先生に何の科目を担当してもらうかでした。現代社会では、どのような課題が解決を待っているのか?学生たちは、いま何を知っておかなければならないのか?こうしたことが学生には大切なはずです。そうした角度から授業科目のテーマを選んだのですが、そこからが大変でした。明星大学のホームページにある教員情報と毎日にらめっこでした(笑)。先生方に授業科目の担当のお願いをしていくなかで「こんな先生がいるの知ってる?一緒にやればこんなこともできるよ」という最新情報を同僚からもらったりもしました。こんなふうに話すと、私一人が苦労したように聞こえますが、実際にはプロジェクトチームを作り、多くの先生方の力で改革を進めてきました。新しい全学共通科目の中核を担う若い先生方、それを後押ししてくれるベテランの先生方、私たちの考えに賛同してくれた学内の多くの先生方の協力があって初めて、今回、新しい全学共通科目を生み出すことができたんです。皆さんに感謝しています。

「スチューデント」とは、「学び続ける人」のこと

落合学長 それはなによりでした。学長になって、私はクロッシングという考え方を打ち出しました。これからの社会を生きる学生さんのためですが、同時に、先生方にももっと越境してほしいという願いがあってのことでした。大学教員は研究者でもあるので、どうしても自分の専門を深めたい、究めたいという思いが先に立ってしまいがちです。でも、学生たちと同じように教員も好奇心をもって視野を広げていくべきなのではないか?それが各自の専門的研究をさらに豊かにする。私はそう信じています。学生、教員という立場の違いを抜きにして、人は常に学修者でありたいものです。

私の好きな言葉に「student」があります。ふつう「学生」と翻訳されますが、英語の語感は少し違います。日本では、学生証を持つ人を「学生」と呼びます。大学を離れれば「元学生」ですね。でも、英語の「スチューデント」には学生証の有無を離れた意味があります。語源のラテン語は「studens」。「学びに情熱を捧げる」という意味です。
アメリカでお世話になった恩師が亡くなったとき、国際的な学会誌の追悼記事に「教授はメキシコ先住民研究の生涯にわたるスチューデントであった」と書かれていました。この先生にふさわしい、とても素敵で含蓄のある言葉だと思いました。それ以来、私にとりスチューデントという言葉は、studensであり続けることであり、学びへの情熱を失った「元学生」になってはいけないという戒めの言葉になりました。学生も教員も、専門科目や全学共通科目という舞台でともに学び合い、【学び続ける力】の大切さを知るスチューデントでありたいものだと私は思っています。
 
後編へ続きます。



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