学長が聞く、学長に聞く―第7回―人生をデザインする(前編)
西本 剛己 教授(デザイン学部デザイン学科・学長補佐(広報等担当))×落合 一泰(学長)
大学での授業や4月に出版された著書『君の人生は大丈夫か?』の中で、デザイン思考の本質を解き、人生や社会のあらゆる場面に活かしていく方法を伝えている西本先生。一般に、デザインといえば色や形を決めることだと思われがちです。でも西本先生は、「デザインとは流れを良くするための仕組みである」とおっしゃいます。そもそもデザインとは何なのか?自分の人生を確立していく上で大事なこととは?について伺いました。
『君の人生は大丈夫か?』 西本剛己著、幻冬舎、2021年
狭い領域の専門家(スペシャリスト)ではなく、マルチなジャンルで活動できる総合者(シンシスト)を目指してほしい――。デザインとは何か。それは、「はっきりとモノを伝える仕組み」であり「流れをより良くするための仕組み」のことである。デザイン思考の本質を解き、人生や社会のあらゆる場面に活かして“クリエイティブな人生の実践者"になるための方法を解説。現代美術と空間デザインの第一線で長年活躍し独自のプレゼンテーション講座に定評のある著者が語る「的確なコミュニケーションを生む思考」「効果的なプレゼンテーションの法則」など、自らの人生をデザインし、確実にチャンスをつかむためのノウハウが満載の一冊。
(幻冬舎ルネッサンス新社 ウェブサイトより)
自分の中に哲学を持とう
落合学長 これまでさまざまなテーマでいろいろな方のお話を伺ってきましたが、今回は「人生のデザイン」という刺激的なタイトルで、とてもワクワクしています。まずは西本先生ご自身についてお伺いさせてください。経歴を拝見すると、空間デザイナーでもあり、現代美術のアーティストでもあり、大学教授でもある。しかも、著書の中でご自身を「総合者(シンシスト)」と定義されていました。その意味から教えていただけますか?
西本教授 私が総合者(シンシスト)という言葉に出会ったのは、大学受験で進路に迷っていた時でした。当時から理系と文系の両方に興味があって、それぞれをミックスしたり、同じ仕組みを見つけたりすることが楽しいと感じていました。しかし、いざ進路を決める時に、理系と文系のどちらかを選びなさいとなり、その意味が分からずとても悩みました。そんな時にヴィクター・ジョセフ・パパネックという社会問題に取り組むデザイナーの本と出会い、これからの時代に必要なのは専門家(スペシャリスト)ではなく、あらゆる領域をつなぐことができる総合者(シンシスト)だと書かれていて、とても勇気づけられました。スペシャリストは深く狭く、ゼネラリストは広く浅く、それに対してシンシストは広く深く。私がやりたいことはまさにこれだ!と思いました。
落合学長 数十年前に出会い、大切にされてきた言葉だったんですね。現在デザイナーであり、アーティストでもあることも、シンシストとしての姿勢の表れなのですね?
西本教授 視覚的なものをつくるという意味で、デザイナーもアーティストも一般的には同じように思われています。でも、実は真逆なんです。デザインは問題を解決し、世界を救うもの。かたやアートは、みんなが信じているものに揺さぶりをかけて提案すること。世界と闘うためにあると思っています。この二つを同時にやっているということは、私がシンシストだからかもしれません。
落合学長 問題を解決する立場と問題を提起する立場の両方だと。ところで、西本先生はデザイン学部の教授として、コミュニケーションについての授業もなさっています。コミュニケーションに上手、下手はあるのでしょうか?自分は「コミュニケーション障害」(コミュ障)だなどと言う学生が時々いるのですが。
西本教授 それよりも、伝わるか、伝わらないかが大事だと思っています。言葉足らずでも魅力的な話し方の人がいるし、理論的に話しているのに相手の心に響かない人もいます。相手が何かを感じて動いて、はじめて伝わったということになります。
落合学長 感じて動く、感動ということですね。西本先生は、ご著書の中で、人が存在する意味は「関係」の中でしか生じないとおっしゃっています。人と人のあいだにあるもの、また身体の持つ意味については、どうお考えですか?
西本教授 まず自分の中に核となる哲学を持つこと。そこに実体験、実感が伴うことが大事です。空間デザインの仕事や創作活動で立体作品をつくるとき、私もさまざまな体験をします。最初に着想した時と完成したときには、素晴らしい喜びがあります。でも、つくり上げる過程には辛く苦しいことも多い。失敗や作業で怪我する怖れもある。でも頭で考えて終わりではなく、身体を使って行動することが大事なんです。例えばコロナ禍で不満を言う人は無数にいますが、人の足を掬(すく)っている暇があるなら、自分で解決策を講じて動けばいいじゃないか。私はそういう気持ちでいます。
落合学長 人生をデザインする上でも、自ら動いて、自分の身で感じることが大事だということですね。そういえば、ご著書の中に、学生さんがうまくプレゼンテーションできず、泣きながら必死でやっていたというエピソードが書かれていました。泣くというのは、まさに身をもって感じているということですよね?
西本教授 そうです。プレゼンテーションにしても創作活動にしても、常に行動には怖さが伴います。まさに不安と緊張の連続。でも、それが体験です。学生たちには、考えているだけではなく実践してみようと伝えています。
のめり込めるものを見つけよう
落合学長 プレゼンテーションには、相手を喜ばせたいという気持ちが大事だとご著書にありましたが、その真意は?
西本教授 とにかく相手から発想して考えなさいということです。場合によっては、必ずしも喜ばせるだけではなく、猛烈に怒らせてもいいかもしれません。何かが始まるきっかけになることが大事だから。相手の心を動かすことができればOK。その後は、「流れをよくするためにはどうしたらいいか」をみんなで考えて実行すればいいと思います。
落合学長 なるほど。大学の教育も同じことが言えますね。私が考えている教育改革案も、単に綿密なスケジュールを立てるだけではよくできたTo Doリストにしかならない。でも明星大学の教育の流れをよくするためには、何をめざしているのかを明らかにすることが大切です。私は、次世代の皆さんに幸せな人生を送ってもらうにはどうすればいいかを考えています。教職員についても同じです。西本先生は、大学の改革についてどうお考えですか?
西本教授 理事長や学長など上層部の方と、教職員などの現場が、同じ方向を向くことが大事だと思います。昨年、落合学長が「明星大学を表す7+1個のキーワード」で分かりやすく方針を示してくださいました。それをいかに行動に移して具体化するかが、私たち教員の重要な役割だと思います。それができれば、単なるTo Doリストではなくなるはずです。
『明星大学を表す7+1個のキーワード』
2020年に明星大学の特色を表すキーワードを策定。本学独自の学びを創造する上で、大きな指針となっています。
<1> Do It with Others
<2> ワンキャンパスに9学部12学科
<3> 交わり、広がる
<4> 「実践躬行の体験教育」
<5> 専⾨教育「セントラル」と垣根を越える学修「クロッシング」
<6> 学び続ける力
<7> 協働する知性
<+1> 教学のデジタル変革(DX)
落合学長 この対談シリーズでも再三お話していますが、教育改革の具体化を考えるときに欠かせないのが「学修者本位」の理念です。シンプルに言えば、学生が自分の学修を自分で動かしているという実感を持てる大学かどうかです。いま、その仕組みを考えているところです。
気持ちの面で言えば、まず学生本人に、教職員や学生仲間、地域の方々からの刺激を受けて、楽しいと感じてほしい。でも、それは環境や外部からの刺激への受け身の反応とも言えます。そのうち授業やキャンパスライフのことを考えると自然に嬉しくなるという、内発的な気持ちが生まれていくといい。そして大学という場所が、自分という存在を確かめられる唯一無二のかけがえのない場所になっていく。「楽しい」から「嬉しい」へ、さらに自分にとり「かけがえのない」大学へ。学修の仕組みを作ると同時に、こうした感情の流れの仕組みをどうやって作っていけるか、考えることが多いです。
西本教授 学修者本位であること。すなわち学生が自ら進んで学ぶためには、のめり込むものが必要だと思います。そのスイッチが入るのを教員がどう促すかも大事ですね。私も小学生の時に祖母がくれた切手のカタログがきっかけで、そこに描かれているさまざまなものと、そのバックグラウンドに興味を持ち、どんどん知識を増やしていった経験があります。なにかひとつ核になるものがあれば、そこから脳内ネットワークが広がっていく。とにかく何でもいいから、そのことを考えると居ても立ってもいられなくなるものを見つけるべきだと思います。
落合学長 大学は、のめり込むきっかけや、比喩ですが神経細胞がクロスしていくシナプスが無数に用意されている脳でありたい。自分だけの、のめり込める部分、すなわちスペシャリストの部分から出発して、幅広い分野に関心をもってネットワークを広げ、それらをつなぐシンシストになっていく。そうした過程をたどっていけば、オリジナルな「私の人生」を確立できるのかもしれませんね。
西本教授 そうだと思います。学生のみなさんにも、自身の専門性を高めるために、それ以外の分野のことを知ると役に立つんだと気づいてほしいです。
後編に続きます。