学長が聞く、学長に聞く―第19回―甲子園から明星大学へ、そして東京ドームへ。野球と物理学の文武両道でプロ野球への道を拓く(前編)
松井 颯 さん(理工学部 総合理工学科 物理学系4年/硬式野球部)×落合 一泰(学長)
2022年10月20日に開催された「2022年プロ野球ドラフト会議」で、読売ジャイアンツから育成1位指名を受けた本学硬式野球部の松井選手。理工学部で物理学を専攻し、卒業論文では回転数がボールに及ぼす影響を研究しています。プロ入りをめざして取り組んできた野球に対する思いや、明星大学で部活動と学業をいかにして両立してきたかについてうかがいました。
プロからの評価を獲得するために取り組んできたこと。
落合学長 今回は硬式野球部のエースで、2022年度ドラフト会議で読売ジャイアンツの育成1位指名を受けた松井颯(はやて)さんにお越しいただきました。松井さんは文武両道を地で行く本学の4年生です。部活動と学業の両面を高いレベルで充実させてきた4年間。そのカギは何だったのか、学長としてぜひ知りたいと思っていました。今日は卒業研究で忙しいなか来てくださり、本当にありがとうございます。
松井選手 こちらこそ、貴重な機会をいただきありがとうございます。
落合学長 まず、野球の話からうかがいます。ドラフト会議で指名を受ける前にスカウトの方が見にきて、松井さんのことを高く評価していたそうですね。ご自身は、自分をどんなピッチャーだと見ているのでしょうか?
松井選手 比較的オーソドックスなタイプで、先発と中継ぎのどちらもできる器用な方だと思います。
落合学長 「器用」とは、具体的にはどのようなピッチャーだということでしょうか?
松井選手 コントロールが良くて、いろいろな球種でストライクも取れ、試合をつくれるということです。
落合学長 「試合をつくる」というのは、野球独特の言い方ですね。確かに防御率の良さなどに、そうした「器用さ」がよく表れていると思います。
松井選手 ありがとうございます。ベンチにとっても、使いやすいピッチャーだったと思います。
落合学長 プロ野球は、いつ頃からめざしていたのですか?
松井選手 高校に入った時からプロ野球選手になりたいという夢をもっていました。しかし、その頃は控え投手でしたし、努力してもなかなか結果に結びつきませんでした。その後、本学に入学したのをきっかけに、またイチから頑張ろうという気持ちで練習に励みました。
落合学長 プロ野球選手になるという目標に向けて、大学野球では具体的に何に取り組んだのですか?
松井選手 今の時代は、球速が150キロ台に乗らないとスカウトに見てもらえません。そこで、まずは球速アップをめざしました。そこからプロで通用するために変化球などを磨いていきました。
落合学長 球速アップのためには、相当に身体も鍛えたのでしょうね。昨年、松井さんと同じように本学硬式野球部から福岡ソフトバンクホークスに育成選手として入団した山本恵大さんに話を聞いたことがあります。山本さんも、まずは身体づくりを頑張りますと言っていました。とても体格が良く、大学でしっかり鍛錬したんだなあと思っていたので、それでもプロではまだ足りないのかと思わされました。松井さんも良い体躯の持ち主ですが、プロの身体を作るというのは、ここからさらに年月がかかるものなのですね。
松井選手 はい。年齢を重ねるなかで体を進化させていくのがプロだと思います。そのための土台をつくるのが大学時代の野球生活でした。山本先輩は、そのことをおっしゃっていたのだと思います。
自分の限界を知りたいという気持ちが、常に前を向く原動力に。
落合学長 先ほど高校時代は控え投手だったとおっしゃっていましたね。松井さんは埼玉県の花咲徳栄高校で甲子園に出場されています。横浜高校に対しビハインドの9回表に投げて無失点で切り抜け、その裏の味方の2得点を呼び込んだのでした。甲子園では、どんな気持ちでマウンドに上がったのですか?
松井選手 まさか自分が投げるとは思っていなかったので、最初はマウンドで緊張するかなと考えていましたが、実際には意外と冷静でいられました。絶対に流れをこちらに持ってくるぞ!と思っていました。
落合学長 マウンドに集まった野手のみなさんとは、どんな会話をしたのですか?
松井選手 どんどん攻めろ、思い切り投げろという声をかけてもらいました。
落合学長 やはり攻めの気持ちが大事なのですね。大学でもその気持ちは持ち続けていましたか?
松井選手 はい。バッターに負けないように、ピンチの場面でも気持ちで上回ることを心がけてきました。
落合学長 そういう強気の姿勢は、もともと持っていた素質ですか?それとも練習で培ったものですか?
松井選手 両面あると思います。私には常に自分の限界を知りたいという思いがあるので、どんな時も前向きに考えるようにしています。自分がどこまで行けるか試してみたい、と。打たれてもすぐに切り替えて、どうしたら次のバッターを抑えられるかを考えています。
落合学長 ああ、大切なことを言ってくださいましたね。自分の限界を知るためにはいつも前向きでいるべきであって、失敗を引きずっていてはいけない、と。松井さんのその姿勢は、若くして身につけた人生観のように聞こえます。今まで野球をやってきて苦しい時期もあったと思います。そうしたときでも前向きになれたのは、どうしてなのでしょう?
松井選手 高校時代に怪我をして投げられない時期がありました。野球ができず、それは苦しい思いでした。ベンチ入りできず、挫折を味わったこともありました。でも、その時間が自分には必要だったんです。コーチなど周囲のアドバイスを受けながら、他の選手と比べて自分に何が足りないのかを客観的に見つめる力が、そのとき身につきました。
落合学長 野球に限らず、勉強でも人生一般でも、自分を客観的に見るのは難しいことですよね。苦しい状況なら、なおさらでしょう。そうしたときに先輩やコーチの指摘を冷静に、素直に聞ける。自分を客観的に見る機会にしてしまう。この精神力が松井さんの大きな強みなのではないでしょうか。
物理学の研究で得た成果を、ピッチング技術の向上にも活用。
落合学長 ここからは学業についてうかがいたいと思います。松井さんは理工学部で物理学を専攻しています。物理学には以前から興味があったのですか?
松井選手 高校時代は日本史も好きでしたが、得意科目は数学でした。そこで、大学では物理学を専攻することにしました。
私たちの学年はコロナ禍の影響もあって、なかなか学部で友達をつくることができずにいました。でも、野球部には理工学部の学生がもう一人いましたので、学生生活のあれこれをよく二人で話しあいました。
落合学長 そうでしたか。いま取り組んでいる卒業研究のテーマは何ですか?
松井選手 物理学の石田宗之研究室で、ボールの回転率について研究しています。ピッチャーとして、実戦で活かせるのではないかと思ったんです。
落合学長 それはいい選択ですね。で、どんな研究成果が得られましたか?
松井選手 研究に着手する前には、回転数が上がると球が浮き上がるというイメージを持っていたんです。でも、実は回転軸も影響していることがわかりました。いま、プロ野球でも科学的な計測アプローチが進んでいます。経験と勘も大切ですが、私のようなアプローチでコーチやスタッフと一緒に実戦に役立つ研究ができればと思っています。その基礎は本学で固めましたので。
落合学長 それは松井さんらしい素晴らしい計画ですね。本学では、この春にデータサイエンス学環が新設されます。そのうち、本学でもスポーツをデータ分析に結びつけようという学生が出てくることでしょう。その時には、ぜひ母校に帰ってきて、マウンド実践の科学的研究のあり方について、お話を聞かせてください。そんな文武両道の松井さんですが、部活動と学業の両立に苦労したことはありましたか?
松井選手 野球の練習は、平日は16時過ぎから21時くらいまでです。ですので、勉強する時間が限られていました。そこが苦労といえば苦労でしたね。
落合学長 練習や勉強もさることながら、体を休める時間を持つのも大事なトレーニングの一環ですしね。そんな中で、どうやって勉強の時間を確保したのですか?
松井選手 コロナ禍が少し落ち着いた時に寮を離れ、実家から通うようにしました。そして、通学時間を使って多摩モノレールの中で勉強しています。
落合学長 そうでしたか。練習と勉強の時間を自分でマネジメントしながら、野球部と物理学研究の両立を図ってきたのですね。学生の鏡です。本当に頭が下がります。
後編へ続きます。