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学長が聞く、学長に聞く―第14回―「多摩の里山を楽しむキャンパス」に~学部を越えて広がる「みどりのキャンパスプロジェクト」(前編)

柳川 亜季(理工学部 総合理工学科 環境科学系 准教授)×落合 一泰(学長)

柳川准教授を中心に、いくつもの学部の教員と学生・院生、職員が集まり、学内の自然環境の活用や地域連携について考え始めた「みどりのキャンパスプロジェクト」。ワンキャンパスに9学部12学科が集結する総合大学の強みを活かした、学問の垣根を越えた取り組みです。まずは、どんなきっかけでプロジェクトが始まったのか、何を目的として、どんなことに取り組んでいるのかから伺いました。

明星大学みどりのキャンパスプロジェクト
理工学部、経営学部、デザイン学部、教育学部、建築学部など幅広い学部学科の教員・学生や職員が集結。多摩地域でも有数の学内「里山」環境の過去と現在を知り、キャンパスの自然と歴史の全体を活かしていこうというアイデアです。小さなプロジェクトだったのですが、大学プロジェクトに昇格しました。活動の幅がどんどん広がっていきそうですので、今後、名称が変わるかもしれません。

プロジェクト立ち上げのきっかけは、コロナ禍だった!?

落合学長 私は、学部学科の垣根を越えた学びをキャンパスで実現したい、それを本学の学びの特長にしたいと考えています。今回は、それを「みどりのキャンパスプロジェクト」という取り組みで実践し始めている柳川先生にお越しいただきました。活動の様子を見ていますと、柳川先生たちは、これまでになかった風をキャンパスに吹き込んでくださっていると感じます。プロジェクトの中身について伺う前に、柳川先生の自然環境に対する関心が、どのように現在の活動に結びついたのかを、まず教えていただけないでしょうか。
 
柳川准教授 私は、「どうしたら人が地球上の土地を使い続けることができるか」に関心を持ってきました。例えば、農業。私たちが生きていく上で欠かせない食べ物をつくる大事な活動ですが、自然を壊すという側面も持ち合わせています。そうした土地の活用という問題にずっと興味があって、大学ではモンゴルの耕作地の研究をしていました。モンゴルは、旧ソビエト連邦体制下だった時代に、草原を開墾して小麦の生産を始めました。でも、ソ連邦崩壊後に畑が放置されて砂漠化してしまったんです。私は、なぜそこが砂漠化して元に戻らなくなったのかを研究し始めました。どの土地にもその土地に合った植物があるのですが、いろいろ調べてみましたら、小麦はモンゴルの草原に合わないことが分かりました。じつは遊牧民の人たちも、草原の土を耕してはいけないことを経験的に知っていたんです。

落合学長 命をつないでいくには、土地ごとに適切な使い方が分かっていなければいけないということですね。
 
柳川准教授 そうです。場所ごとにちがう生命環境を大事にしないといけないんです。
 
落合学長 大学で学んだ後は、どうされたのですか?
 
柳川准教授 2006年から筑波大学や東京大学の大学院で学び、国立環境研究所や東京工業大学などで研究員をしていました。並行して、東京農工大学や玉川大学の非常勤講師もしていました。そうした経験を活かそうと、2018年に明星大学で教員としてのキャリアをスタートしました。
 
落合学長 さまざまな場所で研鑽を積まれてきたのですね。今回のテーマである本学の「みどりのキャンパスプロジェクト」は、どのように生まれたのですか?
 
柳川准教授 コロナ禍が大きなきっかけでした。それまでは多摩川などあちこちで調査ができたんですが、2020年以降はコロナで外に出ることが難しくなりました。そこで、キャンパス内の環境を学生たちと調べることにしました。そうしましたら、減少傾向にある松林が学内に残っていたり、絶滅危惧種のキンランが自生していたり、ホタルが生息する清流があることなどが次々にわかったんです。
 
落合学長 それは素晴らしい発見でしたね。
 
柳川准教授 はい。明星大学は、多摩丘陵地を代表する“ザ・里山”と呼べる場所なんです。

落合学長 「多摩丘陵地を代表する」とは、どういうことですか?
 
柳川准教授 丘陵地があり、あちこちに水が湧き、昔から道が通っていて、古くから人が住みついて生業を営んでいる場所、ということです。
 
落合学長 なるほど、自然と人間が調和した場所だということですね!ここが大学キャンパスになったからこそ、その“ザ・里山”が残ったと考えてもいいのでしょうか?
 
柳川准教授 そう思います。昔は大学建設反対のような声が各地で起こりました。でも、今となっては周りが全部開発されて、結果的にいつの間にか大学だけが保全地域みたいになっています。そんな発見もあって、この自然豊かなキャンパスを活かさない手はないぞ、理工学部の環境科学の分野だけに留めておくのはもったいないぞ、と思ってプロジェクトを立ち上げたんです。

空から見た明星大学キャンパス。開発の進んだ周囲に比べ、緑が豊かに残っています。
大学構内の緑地を学生と探索!

さまざまな人の協働の輪が広がって、大学全体のプロジェクトに。

落合学長 全学に広げていこうという発想が素晴らしいですね。他の学部には、どのように話を持っていったんですか?
 
柳川准教授 最初に学内のリサーチ・アドミニストレーター(URA)の熊田千尋さんに相談し、経営学部の大森寛文先生を紹介してもらいました。そうしたら大森先生から「こういうのはね、偉い人に言わなきゃダメだよ!」と言われて。私は「だったら落合学長に!」と思いましたが、まず宮脇健太郎学部長に話してみました。宮脇先生は、「副学長の吉川かおり先生に相談して、意見をいただいた方がいいよ」とアドバイスをくださいました。そこで、明星大学独自の教育の場を構想していらっしゃる吉川副学長のところに行ってお話をしました。聞いてくださった吉川先生は、「活動をちゃんと記録して、定期的な実績をつくった上で申請したら、来年度の予算がつくかもしれない」と教えてくださいました。ならばそれを目指そうと考え、学内外の研究者や組織をつないでいる明星大学連携研究センターの協力を得て、去年の8月くらいから他学部の先生方に声がけを始めたんです。
 
落合学長 柳川先生、すごい行動力ですねえ。人をたどっていって、どんどんファンを増やしていっている。そして、5学部の教員と学生・院生、そして大学職員の皆さんが先生のアイデアに関心をもって集まってくるようになった、と。

柳川准教授 はい。メンバーは、「多摩の里山を楽しむキャンパス」というコンセプトを共有した上で自分の専門領域を活かしてくれています。経営学部の大森先生は、湧水を使ったクラフトビールの醸造。建築学部の村上晶子先生や米田正彦先生そして学生・院生は、学内外の人の憩いの場になる東屋(あずまや)の設計。デザイン学部の萩原修先生は、地域連携の仕組みのデザイン。教育学部の髙橋珠洲彦先生は、歴史地理学の観点から、学内を通って地域をつないでいる“むかし道”の散策路化。理工学部環境科学系の私や学生は、ホタル池の保全など。それぞれの学問に基づいたアプローチから、さまざまなアイデアが続々と生まれています。学生たちも、自分の学部以外の考え方にふれて大きな刺激を受けています。

八王子・日野カワセミ会の方に野鳥について教えていただきながら構内野鳥観察。環境科学系の学生や建築学部の教員も参加しました。学部を超え、地域と交わりながら活動を広げています。
デザイン学部と環境科学系の教員、学生が参加した構内探索。土の性質をチェックする柳川先生。

 落合学長 うかがっているだけでワクワクしてきますね!
 
柳川准教授 ですよね!学部が異なる先生方のディスカッションを聞いていると、本当に面白いです。例えば、建築学部は人の居心地をよくする上で「尺」(サイズ感)を大切にするわけですが、デザイン学部には居心地に関するまた別の考え方があったりします。建築学部の村上先生とデザイン学部の萩原先生の議論は聞き応え十分です。レベルが高すぎて、専門外の私にはチンプンカンプンな時もありますが(笑)。
 
落合学長 私も建築学部の学生の東屋計画のプレゼンを聞きに行きました。一人ひとりがキャンパスの自然や人の動きをしっかりリサーチし、その上で理念を固め、具体的なアイデアを練り、設計図や模型などを制作して説得力のある説明をしてくれました。私は驚き、ほんとうに嬉しくなりました。7つくらい東屋プランが出ていたんですが、すべて実現したいと思ったほどです。

建築学部学生によるプレゼンの様子。(2022年1月)

 ところで、柳川先生が去る3月の学部長会でプロジェクトを説明するために用意してくださった資料は、「緑を守らなくてはいけない」というような保全の話で始まっていませんでしたね。キャンパスを「もっと魅力的な場所にする」「関係者に愛着が生まれる場所にする」という言葉が最初に置かれていました。自然はもちろん大切ですが、先生も学生も職員もみんなが楽しくなるような場所にしましょう、というメッセージでした。「多摩の里山を楽しむキャンパス」を創ろうという、だれもが共感できるミッション設定がすごくいいなぁと思いました。どのようにして、そうした発想に至ったのですか?

柳川准教授 私自身が、あまり保全寄りの人間じゃないからです。農学部出身で、自然をどう使うかを考えていて、守るという視点を持っていませんでしたから。その意味では、一般の方に近い感覚です。東京都の「緑のボランティア活動に関する指導者育成委員会」の指導者育成委員の仕事もしているのですが、どの里山も、緑地保全の担い手がいなくて困っているのが実状です。それは、自然が大好きな一部の人に頼っているからなんです。ぜんぜん興味のない人を巻き込むには、「何かちょっと面白そうだぞ」と思ってもらえる仕掛けが必要です。そこで、学内の人にとって楽しいこと、嬉しいことを前に出すようにしました。私は保全寄りの人間でないので、普通の人の気持ちがよくわかるんです。
 
落合学長 そういうことだったのですね。プロジェクトが始まってほどなく、皆さんの活動は私の耳にも届いていました。そのとき、これはあらゆる学部を結びつけて、地域とも連携できる理想的な“クロッシング”(垣根を越えていく教育活動)の形になると直感しました。
 
私はずっと、明星大学が多摩地区とどうつながるのがよいか、考えてきました。でも、企業とのコラボなど従来型の産学公連携を進めるだけでは限界があるとも感じていました。そんなとき、このプロジェクトの話を聞いて、自分の足元を見ていなかったことに気付かされたんです。自分たちのキャンパスをよく理解して、愛着を深める。そうすることで、地続きである地域との新たなつながりも見えてくるし、自分たちの世界も広がる。都心部と違う良さもわかってくる。
 
学部長会で「みどりのキャンパスプロジェクト」を紹介してくださったとき、聞いていた学部長や事務職員の皆さんの間から自然に大きな拍手が起こりましたね。あんなことは初めてでした。出席者の皆さんが、そこに本学のあるべき未来のカタチを見たからだと私は思いました。このプロジェクトを数人の先生方の取り組みに留めておくのは、じつにもったいない。そこで、私がプロジェクトオーナーになり、「みどりのキャンパスプロジェクト」を大学全体のクロッシング・プロジェクトの第一号としてスタートしてもらうことにしたんです。
 
柳川准教授 そのおかげもあって、さらにいろいろな方が輪に加わってくださっています。経営学部の安岡寛道先生は、ゲームのように楽しみながらSDGsに取り組める「SDGsポイント」*という仕組みを考案された方です。先生はこれを使ってプロジェクトに参加したいとおっしゃってくださいました。また、機械工学系で燃焼工学研究室の齊藤剛先生は府中市にある明星高校と落ち葉の燃料化に取り組んでいるのですが、この「落ち葉プロジェクト」を「みどりのキャンパスプロジェクト」と掛け合わせたいと、案を練ってくれています。

*「SDGsポイント」の取り組みは、「脱炭素チャレンジカップ2022」にてマクドナルドオーディエンス賞を受賞しました。詳細はこちら

落合学長 明星高校にまで広がり始めましたか!まさに“交わり、広がる”クロッシングの醍醐味ですね。今後の展開におおいに期待しています。

後編へ続きます。






 


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