学長が聞く、学長に聞く―第17回―「明星デザイン」は「美大」とちがう!~社会とつながるデザイン力(後編)
土田 俊介 教授(デザイン学部 デザイン学科 学部長)×落合 一泰(学長)
前編では、デザイン学部の学びの柱である「企画×表現」を中心に学部長である土田先生のアーティスト・研究者としての活動についても幅広くうかがいました。後編では、withコロナ時代の対面授業、先生方の特色、卒業生の活躍についてお話しいただきます。さらに、落合学長への質問では、学生想いの土田先生らしいお悩みの相談も。最後まで、ぜひお読みください。
社会と時代の変化を捉えた、リアルな学び。
落合学長 前編で、美大とは異なる明星大学デザイン学部の特色がよくわかりました。その教育的特色の実践に関係するのですが、明星大学はコロナ禍のなかにあっても様々な形で教育活動を継続してきました。その経験が、withコロナの時代を生きる手がかりになっています。2022年度は、大学全体で対面授業の割合を97%程度まで戻すことができました。デザイン学部では授業で道具を使うことが多いと思いますし、手触り感も大事でしょうから、2020年度、2021年度は苦労が多かったのではないでしょうか?
土田教授 オンライン授業中心の時はさまざまな工夫を凝らしました。こちらから学生に素材を送って、それぞれ自宅で作品づくりを進めてもらったりもしました。
落合学長 それは教員にも学生にも大変なことでしたね。
土田教授 4年生の卒業研究が佳境に入ると、自宅で工作する学生が増えるものです。でも、入学したばかりの1年生が誰も見ていないなかで作品をつくるのは、本当に苦労だったと思います。そのぶん、出来上がった時の感動も大きかったとは思うのですが。
落合学長 2020年度入学の1年生ということは、今の3年生ですよね。大学に来られるようになって、先生や仲間と一緒に創作できる。それは新鮮な喜びだったことでしょう。
土田教授 意外に思われるかもしれませんが、遠隔授業への切り替えはデザイン学部は早かったんですよ。道具の使い方などを収録した動画を作り、オンライン授業にも対応しました。手触り感とまではいかないものの、作品を制作するさいのイメージを持ちやすい学修環境は用意できたと思っています。
落合学長 それは、できないことを嘆くよりできることをしようという、先生方の意識の高さと入念な準備の賜物ですね。学長として、改めて心から感謝いたします。ところでデザイン学部の先生方には、どんな特色があるのですか?
土田教授 高い専門性を持ちつつ、文章や調査・分析などについても教えられる汎用性を併せ持った先生方が多いんです。科目間の連携でもデザイン学部としての学びの統一感について意見合わせをするというように、みんなで細かく気を配っています。
落合学長 卒業生はどんな場で活躍しているのですか?
土田教授 業種・業界を横断して、いろいろな場所で活躍してくれています。前編でお話しした通り、デザイン学部で学ぶのは「社会とつながるデザイン」です。ですので、広告やファッションなど、いわゆるデザイナーと呼ばれる職種以外でも力を発揮しています。本学での学びを活かして卒業後も学び続け、道を切り拓いてくれている姿を見ると、本当に嬉しく思います。卒業生の活躍ぶりはデザイン学部のオリジナルサイトでも紹介しているので、ぜひご覧ください。
落合学長 それは素晴らしいことですね。では、どんな高校生にデザイン学部に来てもらいたいですか?
土田教授 社会に対する関心が高い人です。デザイン学部は学ぶことが多い環境です。これから社会が変化していくなかで、大学で学んだことを発展させ、ずっと学び続けていこうという志のある人がいいですね。いろいろなものに探究心を持って挑める高校生に入学してもらい、一緒に学び合いたいものです。
落合学長 この対談シリーズでもよく出てくる言葉ですが、社会に対する「好奇心」が生きる原動力ですからね。
多様性の時代の、キャリア支援のあり方とは?
落合学長 では、土田先生から私への質問タイムに移りましょう。何かお聞きになりたいことはありますか?
土田教授 教員の間では、最近、学生の就職・進学等に関するキャリア支援について話し合うことが増えています。明星大学として、中長期的な観点ではどんなキャリア支援が必要だとお考えですか?
落合学長 各学部では、それぞれの教育的特色や育成する人間像に合わせて学生の就職支援をしています。デザイン学部でもそうですよね。そして、その基盤として誰もが身につけておいたほうがいい共通の就職準備教育は、大学全体として行います。明星大学の進路支援は、このように学部での取り組みと大学全体での取り組みを組み合わせる複合型です。
本学は卒業時の就職を重視していますので、2023年度に全学的取り組みの一環として「学びとキャリア」という1年生必修の全学共通科目を開設します。学部学科、学環を横断させていろいろな学生を同じ教室に集め、グループワークを中心に、各自が自分のキャリア観を考える第一歩にしようという科目です。日本の学生は、欧米など他の先進国に比べてキャリアについて考え始めるのが遅いと言われています。それを解消する意味でも、明星大学では1年生からのキャリア教育に力を入れています。
土田教授 デザイン学部では、専任のキャリアカウンセラーの支援の成果が出て就職率が上がってきています。その一方で、世の中の働き方が多様化しているいま、学生たちを世に送り出す側の教員はどのような支援をすべきなのか、悩みは尽きません。
落合学長 具体的には、どんな悩みですか?
土田教授 従来のように会社組織に所属するのではなく、プロジェクト単位で行う仕事が増えてきています。職場を変えていくことや、複数の会社に所属することが当たり前になる新時代に、どのようなキャリア支援をすべきなのかと考えあぐねています。
落合学長 なるほど。これからは、学生が多様な働き方に恐れを抱かないようにしなければいけませんね。キャリアセンターの最新の知見をもとに新しい社会の在り方を考え、社会へ第一歩を踏み出す学生の背中を押してあげる。それが大事になってくると思います。学生には、自分と社会を計る新時代の物差しを持ってもらいたい。それがキャリア教育の第一歩だと考えています。
土田教授 わかりました。では次の質問です。落合学長が長年に渡って研究してこられた、中南米の文化についてお聞きしてもいいですか?
落合学長 もちろん、どうぞ!
土田教授 私は日用品についても研究しています。自分で作ることもあります。なかでも、日常生活で使われている小さな舟に興味があります。中南米の方でも舟など乗り物の研究はあるのでしょうか?あちらでは、どんな舟がポピュラーなのでしょうか?
落合学長 私が主として調査してきたのはメキシコ南部の山中なのですが、南米コロンビアのカリブ海沿岸の小さな島で半年ほど住み込み調査をしたことがあります。アフリカ系の漁民が使っていたのは、丸木舟でした。パナマの先住民の丸木舟のお古を買って漁業などに使っていました。木製の櫂(かい)で漕いだり、舟の後ろに船外機をつけたりしていました。隣国とはいえ、その島とパナマの間には相当の距離があります。それでも行き来をしている。海は文化と文化を隔てるだけでなく、つなぐ役割も果たしていると、そのとき実感しました。
それにしても、土田先生のご関心は広いですね。先生は、五島記念文化財団の五島記念文化賞で美術新人賞を受賞されるなど、多くの受賞歴を持つ美術作家です。でもその枠内にとどまらずデザインも教えるし、「作者・作品・鑑賞者」の関係を考察する研究者でもある。この「作者・作品・鑑賞者」の関係とは、どういうことなのですか?
土田教授 美術作品を観る人は、作品に予め答えのようなものが用意されていると思いがちです。何か決められた答えがそこに潜んでいる、それに気づきたい、と思って作品を眺めている。だから、答えが見つからないと「美術は難しい。よくわからない」となってしまうんです。でも、作品から得られる感動や体験、発見する意味などは、人それぞれにその時だけ生まれるオリジナルなものです。ですから、作品を自由に観てもらい鑑賞者なりの捉え方をしてもらいたい。それで何も問題ないと美術作家として思っています。たとえば私が研究している米国の美術家ロバート・モリス(1931-2018)。インスタレーション作品をたくさん残していますが、空間自体が作品ですので、鑑賞者がどこから観るか、どう観るかで感想が違ってくるわけです。ひとつだけの正解を求める人が多いなか、モリスがねらったように、作品から得られるその時の自分だけの体験を大事にする鑑賞の在り方があるのです。私は一人の作家としても、そうした作者と作品と鑑賞者がからみ合う場を生み出したいと願っているんです。
落合学長 なるほど。私も「自画像を見つめる画家」の意識とはどういうものだろうと考えることがあります。そこには、ひとりの人間が作者であり描かれた対象であり鑑賞者でもあるという不思議な状況が生まれています。同じ人のなかで、その三重の意識はどう重なり合って、どう離れているんだろう?と想像してしまうんです。レンブラントのように若い時から晩年まで自画像を描き続けた人もいましたから。
ところで、土田先生はどのようなきっかけで日用品の研究を始めたのですか?
土田教授 日用品には、目的を達成するための機能性があります。機能にはある程度の普遍性があるものです。たとえば櫂には舟を動かす機能があります。でも、同じ機能を果たす道具でも使う場所や環境によって少しずつ形が違ったりします。たとえば、舟は長い方が推進性能が高くなります。長い舟、短い舟などを使い分けている。必要に応じて形も変化していく。そこが面白いと思ったのがきっかけです。北海道の東にある千島列島やカナダ、アラスカの舟を調べたことがあるのですが、中南米の方はどうなのかな、面白そうだなと思ってお聞きしました。
落合学長 今回は、いつもとは趣向を変えて、デザイン学部の学びのプロセスが一望できる常設展示会場でお話をうかがいました。室内を眺めながら、私の頭の中にはずっと「実力を高める」という言葉が響いていました。デザイン学部で学び、卒業する人がどんな実力をつけているのか、ここでよく分かるからです。言葉や文章を通じて思いを考えに高めていくことから出発して、集大成の卒業研究において自分の学びの最終形態を目に見えるものとして示す。そのすべての過程が、この展示室内に凝縮しています。関心のある高校生にはこの素晴らしい施設をぜひ訪れてもらいたい、見てもらいたいと思います。(*1)
本日は美大にはない明星大学デザイン学部の独自性と魅力について、土田学部長から貴重なお話を聞かせていただきました。たいへんありがとうございました。
土田教授 幅広いお話を聞かせていただき、こちらこそありがとうございました。