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学長が聞く、学長に聞く―第11回―地域に生きる。地域を生かす。(前編)

保要 佳江さん(株式会社るうふ代表取締役/人文学部 国際コミュニケーション学科卒)×落合 一泰(学長)

山梨県の古民家を利用した宿泊事業を手がける「株式会社るうふ」。その代表取締役である若き起業家の保要佳江(ほよう よしえ)さんは、人文学部国際コミュニケーション学科の出身です。2011年に卒業、2014年にLOOF(現るうふ)を立ち上げ、2017年に株式会社化して現在に至ります。大学で国際関係学を学んだ後に地元で地域活性に取り組むようになった保要さん。その経緯や、「やりたいことがあるけど、どうすればいいかわからない」でいる後輩たちに伝えたいことなどを伺いました。

身近なところを変えられなければ、世界は変えられない。

落合学長 久しぶりに訪れた母校はいかがですか?

保要さん 大きな印象は変わりませんが、私の在学中にはなかった建物もあって驚きました。お世話になった国際コミュニケーション学科の毛利総子先生にも先ほどご挨拶してきました。 

落合学長 それは良かったですね。では早速ですが、保要さんが現在取り組まれているお仕事についてお聞かせください。地元である山梨県笛吹市の芦川町(あしがわまち)で古民家を活用して宿を運営されているそうですね? 

保要さん はい。2014年にLOOFを興してから7年になります。 

落合学長 どのような経緯で、地域との関わりを深めるようになったのですか? 

保要さん 国際コミュニケーション学科在学中に1年間休学して、栃木県にある農業研修施設のアジア学院にボランティアで行きました。そこで自己紹介をする機会があり、自分の地元について改めて調べてみたら、人口400人の芦川町は数十年後にはなくなってしまうかもしれない「限界集落」だと知ったんです。当時は、国際協力の仕事をめざしていましたが、アジア学院で出会った人に「身近なことを変えることができない人が世界を変えることなどできない」と言われてハッとしました。だったら自分が育った地域の活性化に取り組んでみようと、まず卒業後に農業ベンチャー企業で4年間死ぬほど働いて基礎を身につけ、芦川町で古民家を宿として活用するLOOF(現・株式会社るうふ)を起業しました。

るうふが手掛ける、古民家を活用した宿

落合学長 目の前に現れるひとつひとつを、保要さんは行動力でつなげてきたんですね。そんなパワフルな保要さんですが、どんな子ども時代を過ごしたんですか? 

保要さん 実は生まれは多摩なんです。山梨とは何の縁もありませんでした。でも、両親が田舎で子育てをしたいと考えて、2歳から高校生まで芦川町で暮らしたんです。子どもの頃は、同級生が8人くらいの学校でした。高校に入っていきなり大人数のクラスになって、人がたくさんいることが楽しくて遊びまくっていました(笑)。 

落合学長 もう別世界だったんですね。そして明星大学人文学部の国際コミュニケーション学科に入学。やはり海外に関心があったんですか? 

保要さん 高校時代に、新聞記事に書かれていた貧困問題に興味を持ったんです。自分も海外で何かできないかと考えました。そこで、英語の勉強ができて国際関係についても学べる本学の国際コミュニケーション学科を選びました。

「とりあえずやってみる」精神が道を拓く。

落合学長 ご自分の大学時代を振り返ると、どんな学生生活でしたか? 

保要さん 「何かに向かって、いつも一直線に走っているよね」と友人からよく言われました。留学に興味を持ったら、学術交流提携校リムリック大学があるアイルランドの下調べに没頭。先ほどお話ししたアジア学院へボランティアに行くとなったら、もうそればっかり。国際協力から地域活性に目標が変わったら、とにかくそこに向かってまっしぐら。そんな学生でした。 

落合学長 前進あるのみ!すばらしいですね。保要さんの場合、ひとつひとつがバラバラに見えて、意外と道がつながっていますよね。最初から意図して計画立てていたんですか? 

保要さん いえいえ、その時は目の前のことしか考えられないんですよ。 

落合学長 でも、根っこでは冷静に選択をしていて、ご自分の道を作ってきたのでしょう。私はそれを「つなげていく行動力」と呼びたいですね。保要さんの「つなげていく行動力」は、大学の後輩やこの対談を読んでくれる高校生には、大きな指針になると思います。保要さんは、学生時代をどのように過ごすのがいいと思いますか?  

保要さん 大学時代って自由じゃないですか。自分の選択で、どうにでもなる。遊びまくることも、何もせずに終わることもできる。その中で自分がちょっとでも興味をもったことがあったら、迷わずそこに進むのが大事だと思います。かいつまんで要領よくやるより、全力で体当たりした方が、そこから学ぶことが圧倒的に大きいんです。大学はいろいろな選択肢を与えてくれるし、貴重な出会いの多い場所です。私は明星大学でいい先生に出会えて、たくさんのチャンスが与えられて、本当に良かった。それに自分自身の行動が伴っていたのが良かったと、いまにして思います。

大学在学中に参加したフィリピンスタディーツアーのひとこま
アジア学院の仲間たちと
学位記授与式にて恩師・毛利総子先生と。国際関係学・平和学を専門とす る 毛利先生は、東南アジアなどで学生とフィールドワークを重ねています。

落合学長 そんな保要さんも、毛利先生のお話では、入学当時はとても恥ずかしがり屋だったそうですね。ところがアイルランド留学から帰ってきたら、自信をつけていて見違えるほどだったと。やはり、その留学が大きなきっかけになったんでしょうか? 

保要さん 間違いありません。当時はLINEも翻訳機もない時代でした。体ひとつでどうにかコミュニケーションを取らなくてはいけなかったので、だいぶ強くなったと思います。まわりに日本人が少ないアイルランドを選んだのも良かったかもしれません。英語をさほど話せないまま行ったので、最初の2、3ヶ月は辛かったですけど。 

落合学長 でも、それを乗り越えると、すごく楽しくなったのでは? 

保要さん ずっとここに居たいと思いながら過ごしていました(笑)。 

落合学長 お話を伺っていると、学生時代の留学やボランティアでも、現在お仕事にしている地域活性化でも、保要さんは常に動き続けていますね。 

保要さん 私、「とりあえずやってみよう」精神なんです。やってから考える。後でいろいろ後悔したり、知らなくて失敗したりすることもありますけれど、それもやってみないとわからないことですからね。 

落合学長 たしかに。では、「とりあえずやってみよう」と思った時に、最初の一歩を踏み出すために必要なことって何ですか?また、やりたいことを実現するために、どうやって仲間をつくってきたんですか? 

保要さん まず、目の前のことをきちんとやり遂げることが大切だと私は思います。大きすぎる目標を立ててしまうと、最初で挫折してしまうことが多い。でも、目の前の小さなハードルを越えていくことを目標にして続けていけば、次の一歩につながっていきます。仲間づくりでは、自分がやりたいことを発信し続けることが大事です。私は、前職の農業ベンチャー時代から、地域活性をやりたい!と言い続けてきました。そうしたら、いざ始める段になって、「何か手伝うことない?」と協力してくれる人が大勢でてきたんです。 

落合学長 保要さんの発信を受信して心を動かされ、一緒にやりたくなった人がたくさんいたんですね。そうやって活動の輪を広げてきたんですね。誰にとっても、とても参考になるお話です。 

後編に続きます。

国際コミュニケーション学科フリーマガジン「GRAZIE」2015.04号では、「Doをカタチにデキル人」として紹介されました。