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教員志望の私がオリンピックに参加した今、伝えたいこと

4年に一度開催される世界的なスポーツの祭典、オリンピック。

57年ぶりに自国開催となった「東京2020オリンピック」の開会式では、世界200以上の国と地域の名前を掲げて選手団を先導する「プラカードベアラー」と呼ばれる人たちがいました。その中で開催国である日本選手団を先導したのは、一人の小柄な女性。

中川 幸歩(なかがわ ゆきほ)さん。明星大学教育学部に在籍する彼女は小学校教諭を目指す傍ら、プラカードベアラーとして日本選手団を先導しました。

現在4年生の中川さんは、オリンピック開催期間は教員採用試験の真っ只中。どうしてプラカードベアラーに参加しようと思ったのか取材すると、そこには学びの場を学外に広げる彼女の姿勢と、教育を通じて子どもたちに届けたい「ある思い」がありました。

800px_①オリンピック-プラカードベアラー中川さん_提供Getty-Images

▼Interviewee Profile
【名前】中川 幸歩(Yukiho Nakagawa)
【出身地】東京都
【学部学科】教育学部教育学科 教科専門(国語)コース(4年生)
【出身校】都立文京高等学校
【趣味】歩くこと、野球観戦、ボランティア活動

好奇心の赴くままに 価値観に触れ合う

広報:今回、プラカードベアラーとしてオリンピックの開会式に参加されてみて、いかがでしたか。
 
中川さん:一言で言うと、夢のような時間でした。200か国もの選手たちが集まる景色は圧巻でしたし、その中で自国のプラカードを掲げて行進できたことは光栄でした。

広報:教員採用試験を受験されている中で、今回プラカードベアラーに参加されたと伺いましたが?

中川さん:そうなんです。教員採用試験期間と開会式の期間は並行していましたが、それでも一生に一度かも知れないこの機会。気になることは何でも挑戦してみる性格なので、プラカードベアラーへの応募に踏みきりました。

【プラカードベアラーとは】
開会式で世界各国・地域の選手団を、プラカードを掲げて先導するというプログラム。東京2020オリンピック・パラリンピックのワールドワイドパートナーであるコカ・コーラ社により募集され、パラリンピックの開会式でも同様に実施されました。

広報:中川さんは好奇心が旺盛なんですね。

中川さん:そうですね。人からもよく言われますし、私自身、やったことがないこと、やってみたいことは何でもトライするように普段の生活から心がけています。例えば、道端で珍しいアスレチック遊具を見つけたら、とりあえず登ってみたくなりますね(笑)

ほかにも、人から職業の話を聞くことも好きです。祖母が他界した際に、祖母の身仕舞をしてくれた納棺師さんにお話を聞いたこともありました。

広報:納棺師さんは珍しい職業ですね。

中川さん:確かに職業としての珍しさもありましたが、私の場合「その人がその職業に就いた理由」に興味を抱くことが多いです。

当然のことですが、自分の職業を適当に決める人っていないですよね。大なり小なり悩みを抱えながら最後は仕事に就くと思いますが、人が職業を選択するとき、そこにはその人が育ってきた環境から形成された価値観や思いが大きく関わっています。

きっと私は職業の話を通じて「その人の価値観」に触れることが好きなんだと思います。私自身もキャリアに悩み続け、本格的に教員を目指すようになったのは3年生も終盤に差し掛かった2月からでした。

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教員か児童指導員か
ぎりぎりまで悩んだ自分のキャリア

広報:入学当初から教員を目指していたのではないと?

中川さん:教員志望(仮)という感じです。もちろん子どもと遊ぶことは昔から大好きでしたが、教員を目指していたというよりも子どもに携わる仕事に就きたい思いが大きくて、教育学部に入学しました。3年生に進級したころ、周りの友人たちは着々と教員採用試験や就活の準備を進めていましたが、私は3年生が終わるころまで小学校教諭になるか児童養護施設の児童指導員になるかで迷っていました。

広報:ぎりぎりまで悩まれたのですね。どのようにしてキャリアを決断されたのですか。

中川さん:教職指導を担当されている神田先生にキャリア相談をしました。とは言っても、直接的な答えをもらったわけではありません。私が考えるそれぞれの職業のメリット・デメリットを伝えたところ、先生は私が知らないそれぞれの職業に関する知識を教えてくれました。

神田先生はどちらの職業が良い・悪いという話はされません。私の話を聞いてくれた後に、「それで、あなたはどう思うの?」と繰り返し問いかけてくれます。先生に自分の思いを伝えるなかで、少しずつ自分の気持ち・やりたいことが整理できて、最後は自分の意思で小学校教諭の道を選択しました。

もちろん児童指導員も魅力的でしたが、小学校教諭に決めた理由の一つに「自分が働く姿をイメージしやすかった」ことがあります。

※神田先生については、下記の記事でも紹介しています。

教育インターンシップから見えた「教員としての私」

広報:「自分が働く姿をイメージしやすかった」とは?

中川さん:「教育現場を体験していた」という表現が正しいかもしれません。これは明星大学に入学したから体験できたことです。

本来、教員を目指す学生は4年次に教員採用試験を受験しますが、多くの大学では、採用試験の前に教育現場を体験できるのは3年次の「介護等体験」と4年次の「教育実習」の2つだけです。

そのため、実際の現場と自身が抱く仕事のイメージに違いがあった場合、キャリアを考え直すことになります。ですが、4年次の教育実習が終わるころには、すでに民間企業の採用は始まっているので、大きく進路変更するのは大変です。しかも私たちの年代は3年生だった昨年、新型コロナウイルスによる影響で介護等体験は実施されず、大学内での代替授業に変更されました。

広報:ということは、教員採用試験の前に教育現場を体験できた機会は4年生の「教育実習」だけだったと?

中川さん:そうなんです。ですが、明星大学にはこの2つ以外にも「教育インターンシップ」という独自の教職課程科目があります。

このインターンシップでは、2年次に週に1回程度インターン先の小学校で、授業に集中できない児童の対応など先生の手が回らない所をサポートする教育支援活動に取り組みます。

このインターンのすごい点は「期間の長さ」です。5月から12月まで半年以上も教育現場を体験できるので、教員として働く自分の姿をイメージしやすくなります。また私の場合は「やっぱり自分は子どもが好きなんだな」「子どもってかわいいな」と、自分自身を見つめ直すきっかけにもなりました。

コロナ禍で思うような実習体験ができなかった私にとって、この教育インターンシップは明星大学に入学して心から良かったと思える体験です。大学の授業で学ぶ知識ももちろん大切ですが、私の場合は「学外での体験」から成長を実感したことがたくさんあります。

「私だけの教育」を目指して 学外に広げる学びの場

広報:「学外での体験」ですか?

中川さん:はい。冒頭でお伝えした好奇心の話にも繋がりますが、積極的に色々な経験をしようと強く思うようになったのは、同じボランティア団体に所属する友達の話がきっかけです。

3年生後期のある日、彼女から「就職活動を先送りにして1年間海外留学を経験する選択肢も考えている」と伝えられました。驚いて理由を聞いてみると「語学の知識や海外での生活など、担当教科以外にも子どもたちに伝えられることを増やしたい」と言うんです。その理由を聞いたとき、そこには彼女が考える彼女だけの教育の形があるのだなと感じました。

一方の自分はどうなんだろうと振り返ってみると、私が伝えられる知識の多くは、日々の授業で学んだ「教育」の知識。しかしそのほとんどは「教員になるための知識」だったことに気づいたんです。とはいえ、子どもたち全員が将来教員を目指す訳ではありません。

学校生活の中で、教員は授業以外にも子どもたちと関わる時間がたくさんあります。時には将来の相談に乗ることもありますが、その時に今の私が伝えられる知識はとても限定的なものでしかないと、教員としての「視野の狭さ」に不安を覚えました。

教員は日々、多くの事を子どもたちに伝えていきますが、その中のどれが子どもたちの可能性を広げるきっかけになるかまでは分かりません。だからこそ、大学で学ぶだけでなく、今ある知識を土台に学外での経験を重ねていこうと考えました。その先に子どもたちに伝えられる「私だけの教育」があると思うんです。今回プラカードベアラーに応募したのも「私だから伝えられる経験」の一つにしようと思ったからです。

義足のベアラーとの出会い
共生社会の実現には何が必要?

広報:なるほど、中川さんがどうして好奇心を大切にされているのか、よく分かりました。ところで、プラカードベアラーは国内中から応募があったと聞きますが、参加されてみてどのようなことを経験されましたか。

中川さん:そうですね。本当にさまざまな経歴の方が参加されていました。誤解を恐れずに言うと、開会式に参加できたこと以上に、他のプラカードベアラーたちと出会えたことが一番嬉しかったです。

私を含めてプラカードベアラーに参加した人は国内からおよそ50人。イベントのプログラムとして、参加者たちは9日間の宿泊型ワークショップの中で、念入りなリハーサルに加えてコカ・コーラ社などによるセッションに参加し、ダイバーシティ&インクルージョンについて理解を深めました。

このプログラムの面白い点は、多種多様な人たちがベアラーに参加していたこと。私と同じ学生や、大企業の部長さん、現役アメフト選手に、ドラァグクイーンと呼ばれる女性の装いをした男性パフォーマー、さらには元オリンピック日本代表選手など、年齢や経歴が異なる人たちとの活動はとても新鮮でした。

その中でも義足の女性ベアラーとの出会いは、多様性の在り方を意識する大きなきっかけになりました。一緒に活動していくと、義足の方の生活が見えるんです。長時間立っていることの辛さだったり、階段の上り下りでは、本当は誰かの手を借りたいと思う気持ちがあったり。

活動中、彼女がこれまで経験した苦労や日々の悩みをたくさん聞かせてもらいましたが、その背景には日本にダイバーシティが浸透していない課題があります。活動の最後に「自分(義足)の経験を教育に活かしてほしい」と伝えられた時、一人の社会人として、多様性を尊重する環境作りに貢献したいと意識するようになりました。

広報:多様性を尊重する環境を実現するには何が必要だと思いますか。

中川さん:みんなが一歩前に出て行動を起こすことだと思います。

一つだけ確かなことは「見てるだけ」と「体験する」は全然違うということ。これまでも日常生活で義足の方を見かけたことはありましたし、大変なんだろうなと思っていても声をかけられない自分がいました。私自身、今回一緒に活動する中で、義足の方の生活を近くで感じられたからこそ「自分ごと」として考えられるようになったと思います。

これから何年にもわたって、東京2020オリンピックで感じこと、体験したことを子どもたちに伝えていくことになりますが、プラカードベアラーの経験をもとに、互いに声を掛け合い、違いを良さとして受け入れる大切さを子どもたちにも伝えていきたいです。

800px_④オリンピック-プラカードベアラー中川さん_提供Getty-Images

価値観に触れ合うことが国語の魅力
「みんな違って、みんないい」

広報:卒業後、小学校の先生として活躍されるご予定ですが、最後に中川さんの専門教科である国語の魅力について教えてください。

中川さん:私が思う国語の魅力は「正解がない」ところです。算数や理科の場合は一つの決まった答えがありますが、国語の場合、必ずしも正解があるわけではありません。

例えば、物語文の授業では登場人物の気持ちについて子どもたちに考えてもらうことがあります。彼は怒っているのか、悲しんでいるのか。同じ文章を読んでいても人の気持ちの捉え方は、人によってさまざまです。

私が作っていく授業の中では、子どもたち同士で様々な価値観に触れ合うことを大切にしたい。「みんな違って、みんないいんです」。

きっとそれが「多様性」を受け入れる最初の一歩だと思いますから。

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