学長が聞く、学長に聞く―第4回―モチベーションは伝染する(前編)
菊入 みゆき 特任教授(経済学部 経済学科)×
落合 一泰(学長)
皆さんは、やる気のある友達がそばにいると、自分もつられてやる気になるという経験がありませんか?それが「モチベーションの伝染」です。
今回は、産業心理学、組織心理学がご専門で、モチベーションの伝染について研究を続けている菊入先生にお話を伺いました。
「モチベーションの低下は次へのステップ?」「学びのモチベーションの見つけ方とは?」・・コロナ禍を戦い続ける全ての人へ、一歩踏み出すのがいつもよりも重く感じる時、頑張る意味を見失いそうな時に、この対談がひとつのヒントになりますように。
大学での学びとモチベーション
落合学長 今回は「モチベーション」をテーマにお話しを伺いたいと思います。まず、はじめに菊入先生のご研究について、お聞かせいただけますか?
菊入特任教授 はい。100年以上前から行われているモチベーション研究ですが、私は人間関係の中で起こるモチベーションに注目をしてきました。やる気がある人を見ていると、自分にもやる気がわいてきたりしますよね。そうした現象を科学的に研究しています。
私は企業コンサルティングの仕事が長いのですが、仕事をしながら社会人大学院で学び、モチベーション研究で博士号を取得しました。仲間と励ましあって勉強したのですが、まさにそのときに仲間から仲間へという「モチベーションの伝染」を感じたんです。
落合学長 なるほど、「モチベーションの伝染」というテーマは先生ご自身の体験に基づいているのですね。先生の著書『事例に学ぶ! モチベーションマネジメント 組織活性化の処方箋』(2015)を拝読しました。まず興味をひかれたのは、上司と若手社員では“成長”の捉え方が違うという点でした。上司は、積極的にアイデアを出すかどうか、責任感が強いかどうかを重視している。でも、若手は違う。若手が成長を実感するのは、新しいアイデアや工夫を生み出す力を持ったときだと。
このご指摘は、大学教育にも通じるのではないでしょうか。教員は、学生には将来なにかの専門家になってほしいと思っていますので、その枠組みで学生の成長を見ます。そして、その観点から学生の学修の進展や成果を評価します。しかし学生自身は、「自分はなぜこれを学ぶのか?」と考えることから成長を始めます。つまり、企業の上司や大学の教員は、部下や学生を到達すべきゴールから見ている。しかし、部下や学生は、自分の成長をスタートから捉えようとしている。教員はこの違いに気づくべきなのでは。そして、スタートからゴールに至るプロセス全体に目を配りながら、学生の内発的なモチベーションをどう上げていくか考える必要があると思いました。
菊入特任教授 おっしゃる通り、ゴールを見定めて問題を克服する話と個人の内側から湧き出るやる気には、相反するところがあります。もちろん、いずれも重要な軸です。たとえば、経済学部の学生が知らないうちに会計学が大好きになって、夢中で勉強していたら新しい目標が見つかったりする。他方、先生に言われて仕方ないなと課題をこなしているうちに、もしかして面白いかも?と内発的なモチベーションが湧き始めることもあるでしょう。どちらも大事だと思います。
落合学長 たしかにそうですね。私は、学ぶ上では「この勉強は難しいけれど、面白くて為になる」という気持ちになることが望ましいと思っています。“難しい”という言葉には、目標達成のためにこの困難を克服してやるぞ、という意気込みがあります。また、“面白い” “為になる”という言葉には内から湧き出る喜びがあります。壁を乗り越えて喜びに至るプロセスが学びなのではないか。そう思うんです。
ところで、最近「学修者本位の学び」という言葉をよく耳にします。教室の主人公は教える先生ではない、学ぶ学生なのだということです。この言葉にはモチベーションとも重なる部分もあると思うのですが、いかがでしょうか?
菊入特任教授 何かを仕組まれてやらされていると感じたら、人はやる気が低下しますよね。わざとらしい褒め方をされたり、裏があると気づいたりすると嫌な気分になります。そういう意味では、「学修者本位の学び」では、モチベーションが自然に湧いてくる状態が重要だと思います。学内で、学生同士あるいは教職員との間で、刺激しあいながら自然にやる気になっていく形が作られるといいですね。
落合学長 そうですね。学生一人ひとりが学修の中で、自分の持ち味や好きなことに気づき、やり甲斐や自尊心を見出して、自然とやる気が高まっていく。明星大学での4年間を、学生のそうした「学修者本位の学び」の時間にしていきたいと思っています。
卒業後の社会とモチベーション
落合学長 菊入先生は職業人のキャリアについても研究されています。大学卒業後のキャリアとモチベーションの関係について教えていただけますか?
菊入特任教授 キャリアとモチベーションはお互いに影響しあっています。モチベーション高くやっているものは成果が出る可能性が高く、成果が出ればキャリアにつながります。また、将来こうなりたいというキャリア上の目標がある人には、目前に困難があっても頑張ろうというモチベーションがわきます。キャリア経験とモチベーション向上を行き来させながら、職業人が形作られていくわけですね。
それから、同窓生がどんなキャリアのなかでモチベーションを成果に結びつけているのかを知ることは、自身のビジョンを描く上で有益です。同じ大学で過ごしたという類似性や共通性があると自分と重ねやすく、この人がやれたのなら私もできると自分を鼓舞できます。また、さまざまな人のキャリアにふれることで、自分もこうなりたいという向上心も持てます。
落合学長 なるほど。たとえば入学したばかりの1年生には、キャリアに対するビジョンを描くのは難しいと思いますが、菊入先生はどのように教えているのですか?
菊入特任教授 1年生の授業でも、企業の方に来ていただいています。大学の外側にいる人に触れることで、それまでと違う目で社会を見るようになれるからです。そして、その人の具体的なキャリアについて考えることで、自分の見られ方やクラスメイトの見方も意識できるようになります。
落合学長 それはインパクトがありますね。外の目は自分をこんなふうに見るのだと、初めて気づくのですね。
菊入特任教授 そうです。私たちは人のモチベーションの受信者であると同時に、自分のモチベーションの発信者でもあるんです。そのことを、私はいつも学生に強調しています。そこが分かれば自分の立ち位置が見えてきますし、相手への敬意も高まります。
落合学長 ご著書では、女性の活躍やダイバーシティ(多様性)を組織内でいかに進めるかについても書かれていますね。
菊入特任教授 多様な属性の人がいる組織は強く、楽しく、社会に貢献していけます。もちろん、きちんとマネジメントしませんと、ダイバーシティは組織を分断する可能性があります。しかし、ダイバーシティの考え方やそれがもたらす新たな情報は、その社会にとても素晴らしい効果を生みます。大学でも多様性がもっと出てくると、必ずいいことが起きると思います。
落合学長 そうですよね。私も多様性のあるキャンパスが理想だと思います。若者だけでなく、子どもやお年寄り、体の不自由な方、いろいろな文化的背景の皆さんがキャンパスを行き交っていて、そこで学んだ学生が社会に出た時に「大学で実現しているのに、なぜここの社会ではできないの?」と疑問を持って、社会を変えていってほしいと思うこともあります。菊入先生は、ダイバーシティについて、これからもっと論じてくださるのではないかと期待しています。
後編へ続きます
『事例に学ぶ! モチベーションマネジメント 組織活性化の処方箋』
菊入みゆき著、経団連出版
さまざまな企業で実際に実施されたモチベーション向上の施策や取り組みを、具体的に分かりやすく紹介しています。製造、IT、サービス、流通、金融など幅広い業種の、新入社員、中堅社員、女性社員、管理職などさまざまな立場の社員を対象としています。テーマも一体感醸成、理念浸透、上司と部下の関係など多岐にわたっており、そのまま使える事例、アレンジして応用できるアイデアが、数多く取り上げられています。