学長が聞く、学長に聞く―第9回―学生の脱皮力を鍛える!新しい「学びの場」をつくろう(前編)
今野 貴之 准教授(教育学部教育学科)×落合 一泰(学長)
教育工学が専門の今野先生。人はいかに学ぶのかという「理論」に加え、ICTを用いた授業や、国内外の教育現場との交流・協働など、多くの「実践」の機会を設けて学生を刺激し、一人ひとりの興味関心に寄り添う先生です。学生時代から「人が学ぶ時ってどんな時だろう?」という大きな問いに向き合い続けてきた今野先生。今回は「学ぶ」をテーマにお話を伺いました。
居心地よい場所から一歩踏み出して、自分を変える。
落合学長 今野先生は、大学院で情報学を学び、その後は授業研究や教師教育、国際教育協力、教育開発など、幅広い分野でご活躍です。研究歴を拝見すると、早い時期から「教師」を論文のテーマにされていますね。なぜ「教師」に焦点を合わせたのですか?
今野准教授 「教師」が変わらないと教育は変わらないと思ったのがきっかけでした。学生の頃から学校現場でいろいろな先生を見てきました。新しいことを積極的に授業に取り入れている先生もいれば、そうではない先生もいます。それを見て、どうすれば大人は変わるのだろう?と興味を持ったんです。ならば、これから教員をめざそうという大学生にさまざまな刺激を与えることで、世の中が良い方向に変わることもあるのではないかと思いました。
落合学長 なるほど。今野先生は、カンボジアなど海外の教育開発の現場に学生を連れ出しています。その経験は、学生には強烈な刺激になっているはずです。今野先生は、居心地よい場所から一歩踏み出して、あえて緊張感のある場所に身を置くことの重要性を学生に意識させているように見えます。
今野准教授 ずっと前から「人が学ぶ時ってどんな時だろう?」と考えてきました。上手くいかず葛藤するような状況になったとき、そこをなんとかしようと自分でもがき、試行錯誤した時に初めて人は学ぶ(変わる)というのが、私の仮説です。自分を変えたいのであれば、居心地の良い場所から一歩外へ飛び出して、葛藤にもだえるような経験をする必要があると思うのです。
落合学長 それはどの学生の成長についても言えることですね。
今野准教授 はい。明星大学の教育学部では、教員免許状を取得し教員採用試験に合格することをめざして授業が組まれています。そうしたきちんとした教育課程をもつことは、大学として大事なことです*。でもそれは、「教員になるまでの道」の意味合いが強いと感じています。いざ教員になったとたん、組織の人間関係や保護者との関わりなど、自分が想像していなかったハプニングが次々に起こり始めます。自分が想定していなかったそうした出来事に直面したとき、どのように冷静に対応するか。それを学生時代に学んでおくことも必要ではないかと思っています。
*明星大学の教員養成に関する関連記事「教員就職者数"4年連続増"を深堀り―教職指導教員が語る「教員を輩出すること」の重みと責任」はこちら!
落合学長 想定外の出来事に対処する訓練の場として、海外というフィールドはうってつけですね。
今野准教授 海外の教育現場は私の研究関心のひとつです。そこに学生と一緒に関わると、複数の研究テーマが同時に進んでいくんです。その面白さを皆で分かち合おうと、海外の教育現場研究に積極的に取り組んでいます。
落合学長 同じ年齢層が学校教育を受けているといっても、国内と海外各地では歴史的にも社会的にも経済的にも違いが多いことでしょう。それを知ることは、これから日本で教員になる学生の視野を広げますね。でも、現場ではビックリするようなハプニングが起きませんか?引率する立場として、ドキドキしたりしませんか?
今野准教授 現地の人と関係が悪くなったらどうしようとか、英語が上手くないけれど伝わるだろうかとか、心配することもあります。でも、不安や葛藤を抱えた学生が自分でそれを乗り越えた時の達成感は、見ていてもまぶしいほどです。東京の教室での座学では得がたい経験です。学生たちもそう感じていると思います。
落合学長 素晴らしいお話です。今野ゼミの学生は、相当に鍛えられますね。そうした貴重な経験を積んだ卒業生たちは、いまどうしているのでしょう?
今野准教授 卒業後の進路はいろいろです。教員を目指す学生が多いのですが、大学院で研究に励んでから教員を目指す人も増えています。また、教員になるより青年海外協力隊参加を選ぶ卒業生もいます。面白いのは、教員として赴任した学校で起こった問題に一人で取り組むのではなく、私を巻きこんで解決しようとする卒業生が出ていることです。私を頼りたいというのではなく、複数人で協働して問題解決に当たった経験を忘れないでいるということです。
落合学長 本学が掲げる Do It with Others(人と一緒にやろう)の精神ですね。これまでは Do It Yourself(自分だけでやろう)が求められてきました。しかし、これからは人と一緒にという「協働する力」が求められる時代です。その精神を実践する卒業生がすでにいることを知って、嬉しく思います。
▲今野ゼミ 海外フィールドワーク(カンボジア、2019年)
現地の師範学校生に向けて、机の配置の仕方など学習環境デザインの提案をするゼミ生。
▲今野ゼミ 海外フィールドワーク(カンボジア、2018年)
ブレインストーミングを通じて「子どもが主体的に学ぶための教師の工夫」について考えます。写真はゼミ生(中央)と現地の師範学校生。
先生や先輩の姿をみて学ぶ。
落合学長 今野先生の教育活動は、ICTを活用した授業や国際教育協力など新しいトレンドの真ん中です。同時にそれは本学が大切にしている「実践躬行の体験教育」の精神そのものでもあります。それは、現場で体験を積み、それをよく消化して自分の次の行動に活かしていくという考え方です。今野先生は、大学での学びのあり方を、どのようにとらえていますか?
今野准教授 授業やゼミを通して教員から知識・技能を得るのは大切です。同時に、教員や先輩の「姿」を見て学ぶことも必要だと思っています。コロナ禍でその関係性が築きにくい状況ではありますが、教員が自分の「動き」を現場で見せ、途中からは学生に任せられるような学修環境が大学にできると、いろいろなことがやりやすくなると思います。
落合学長 具体的にはどういうことですか?
今野准教授 一例ですが、海外の教育現場に学生と行き、私が現地教員に教員研修を行っているあいだ、学生にはサポート役をしてもらっています。そして、私の「動き」を良く見てもらった上で、その後の活動の一部を学生に任せるようにしています。国内では、小中高の先生とゼミ生たちをつなげるさいに、メールの書き方やアポイントの取り方、相手への伝え方を実際に「やってみせて」います。そして、2回目以降は、学生に主導権を渡しています。
落合学長 教員のやり方を目の前で見て、それを自分でもやってみる。そして、成功も失敗も含めて学んでいく。教員だって上手くいかない時があるわけで、その姿も学生に見せる。まるで工房での親方と弟子のような関係ですね。教員が一方的に知識や技能を授けるのではなく、「ノンバーバル」(非言語的)なやりとりも重視する教えと学びの形ですね。
今野准教授 はい。最初は小さなことからはじめて、学生たちが少しずつ大きな経験につなげていけるように心がけています。
落合学長 もしかしたら大学に限らず、中学校や高等学校でもできる教え方・学び方かもしれませんね。
今野准教授 教員側がそのやり方を意識していれば、小学校でもできると思います。
落合学長 たしかに、教わる側の年齢は関係ないのかもしれない。新入社員のトレーニングもそうですね。トライアル&エラーを繰り返し、先輩の姿を見ながら成長していく。これは人間にとって普遍的な学び方なのかもしれませんね。
後編へ続きます。
▲今野准教授 現地での教員研修(インド、2017年)